『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 17 安政6年2月 p.161

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セしむる事之る、無御據御趣意之は可有之候へ共、一天之, 被行激論、強る被仰上候由、終ニ梵鐘一條は宿論之通相成、剩, 論之〓、既ニ先年、於在所、右之儀被取行、餘程之及混亂候處、其頃御隱居急度御愼被仰, 出、先相治り、其後御愼御免、海防御用ニ付、日々御登城、諸事御相談も有之候處、種々難, 叡慮を以被仰出候次第ニ至り候段、恐入候御儀ニ御座候、佛法とても積年被立置候儀、殊, ニ梵鐘之儀は由緒來歴も有之、寺々之法器ニ付、世上之風説種々申唱候義之〓、抑佛道之儀, は、當時宗門夫々分派も相立居候へ共、根元釋迦如來之教導ニる、一切衆生之教化善根を生, 之正念を生し、邪曲催念を退ケ候儀こ子、佛道ニおいても、朝暮之梵鐘撞ならし、諸行無情、, し、惡念を去候義ニ〓、既之儒經ニも、仁義禮智之道を建、五音之音樂を奏候る、人耳清潔, 無別法、生滅々以、寂滅爲樂、功徳菩提の心を生スと承り候、衆生之惡念を去り、善根を生, 梵鐘鑄換一條、只今ニ至り候るは、内實之意味聢とは相分兼候へ共、右は水戸前中納言殿宿, 別帋, 君ニ被爲在候, 仰進候樣、御取扱之儀、先御内々關白殿え及御示談候樣可被致候事、, 定マレリ, 議梵鐘鑄換ニ, コノ件勅命ニ, 硬論ニ服シ幕, テ仰出サレシ, 徳川齊昭ノ強, ハ恐入ル御儀, 以上ノ件尚忠, へ御示談アル, ナリ, ベシ, 安政六年二月, 一六

頭注

  • 定マレリ
  • 議梵鐘鑄換ニ
  • コノ件勅命ニ
  • 硬論ニ服シ幕
  • テ仰出サレシ
  • 徳川齊昭ノ強
  • ハ恐入ル御儀
  • 以上ノ件尚忠
  • へ御示談アル
  • ナリ
  • ベシ

  • 安政六年二月

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  • 一六

注記 (27)

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