『維新史』 維新史 2 p.690

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御座候に付、暫く滯居有之候樣仕り、右を期限として東西一時に振起し、奸賊を, 致誅戮、其勢に乘じ夷狄を攘除の策相決奉靖叡慮候樣仕度、臣等竊申合候。其, 從つて半藏の計畫も、松陰捕縛後に於いては意の如く行はれな, ならず、却つて新七は直ちに歸藩すべき命を嚴達されたのであつた。, 期に至候はゞ皇居幾重にも嚴重に奉護衞、直に酒井若狹守・間部下總守等が輩, を進言したのである。次いで半藏は同志を糾合する目的で長州に下つたが、此, とて除奸の義旗を飜へすと同時に、攘夷を實行して叡慮を安んじ奉るべきこと, の時既に同藩志士の領袖であつた吉田松陰は、藩命によつて禁錮を受け、やがて, かつたであらう。新七は薩藩の側役竪山武兵衞を通じ、擧兵決策の大要を述べ, を誅戮し、奸黨を討拂ひ申度云々。, 新七は除奸運動に最も盡瘁した志士の一人である。彼が伏見に潜居中、十一, 入獄を命ぜられたのである。松陰も亦詮勝要撃の計畫を進めてゐたことは述, て、これを忠義に執次がんことを求めたが、固より同藩重役の容れるところとは, べた。, 月十八日詮勝の參内するを聞くや、單身之を途に要撃しようと決心し、竊かに入, (有馬新七遺稿), を誅戮し、奸黨を討拂ひ申度云々。(有馬新七遺稿), 第六編第三章, 第二節參照, 山縣半藏, の長州潛, 新七の計, 畫挫折, 行, 第六編戊午の大獄と其の反動, 六九〇

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  • 第六編第三章
  • 第二節參照

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  • 山縣半藏
  • の長州潛
  • 新七の計
  • 畫挫折

  • 第六編戊午の大獄と其の反動

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  • 六九〇

注記 (26)

  • 1721,660,74,2209御座候に付、暫く滯居有之候樣仕り、右を期限として東西一時に振起し、奸賊を
  • 1603,663,78,2209致誅戮、其勢に乘じ夷狄を攘除の策相決奉靖叡慮候樣仕度、臣等竊申合候。其
  • 800,1057,70,1807從つて半藏の計畫も、松陰捕縛後に於いては意の如く行はれな
  • 465,588,70,1956ならず、却つて新七は直ちに歸藩すべき命を嚴達されたのであつた。
  • 1488,661,75,2208期に至候はゞ皇居幾重にも嚴重に奉護衞、直に酒井若狹守・間部下總守等が輩
  • 1140,591,76,2280を進言したのである。次いで半藏は同志を糾合する目的で長州に下つたが、此
  • 1258,594,73,2276とて除奸の義旗を飜へすと同時に、攘夷を實行して叡慮を安んじ奉るべきこと
  • 1025,593,75,2271の時既に同藩志士の領袖であつた吉田松陰は、藩命によつて禁錮を受け、やがて
  • 692,586,71,2270かつたであらう。新七は薩藩の側役竪山武兵衞を通じ、擧兵決策の大要を述べ
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