『維新史』 維新史 4 p.429

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して守備を固めた。, 桁峠に迎撃して血戰數合、翌十一日再び兵を交へたが、勝敗は決しなかつた。, したが、後清末藩主毛利元純, 吉一帶の地を占據し、繪堂は地勢攻守共に不便なるを以て、退いて大田を根據と, 刀の牙營を急襲した。鎭撫軍四百餘名の將士は不意を打たれて隊伍を整へる, 日未明繪堂は全く諸隊の手に落ちた。引續いて諸隊は繪堂背後の大田・長登・秋, 繪堂の敗報に接した萩藩廳は驚愕し、城中を戒巌し、諸司の總出仕を命じた。, 遑あらず、總崩れとなり、帶刀は身を以て〓れ、選鋒隊部將財滿新三郎は戰死し、七, 六日夜半、奇兵隊前軍及び南園隊・〓〓隊の百餘名は繪堂に向つて潛行し、粟屋帶, 隆替此の一戰にありとして、大田驛頭の天神社に詣り、頭髮を斷つて必死を期し、, 隨行せしめることとした。鎭撫軍は陣容を樹て直し、十日荻野隊, 令に服する意なく、保守派鎭撫軍の進攻に先立ち之を襲撃するに決した。正月, を先鋒とし、選鋒隊之に次ぎ、主力を盡して大擧大田に進撃した。諸隊亦正義の, 八日には藩主敬親・世子廣封以下要路は徹宵協議を重ね、廣封自ら出馬するに決, をしてこれに當らしめ、熊谷式部・内藤彌右衞門を, 遂に藩廳側に屬す, 從來中立を保ちしも, 岐, 讚, 堂襲撃, 鎭撫軍の, 諸隊の繪, 大田進撃, 第二章薩長連合第一節長州藩諸隊の蹶起と武備恭順, 四二九

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  • 遂に藩廳側に屬す
  • 從來中立を保ちしも

頭注

  • 堂襲撃
  • 鎭撫軍の
  • 諸隊の繪
  • 大田進撃

  • 第二章薩長連合第一節長州藩諸隊の蹶起と武備恭順

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  • 四二九

注記 (25)

  • 1199,578,56,535して守備を固めた。
  • 351,568,61,2166桁峠に迎撃して血戰數合、翌十一日再び兵を交へたが、勝敗は決しなかつた。
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