『維新史』 維新史 5 p.225

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頃に至つて彰義隊は全く潰滅した。, としたのであるが、幾許もなく官軍の手に捕へられた。, 御決心遊ばされた。是に於いて宮は榎本釜次郎の盡力に依り、二十五日辛う, て、大勢奈何ともなす能はず、申半刻, た。併し官軍の探索が愈〻嚴重となるに及び、宮は一旦難を避けるに若かずと, 爲に、其の御進退を誤られたるものなれば、寛大なる朝裁を仰ぎ度いと歎願し, 二千と號し、是に對して彰義隊士は其の半に過ぎず、加ふるに死傷者は續出し, 大總督府に對して宮の救解を請ひ、宮は御若年にして、役僧及び彰義隊士等の, 次郎の率ゐる軍艦に投じた。又天野八郎等は市中に潛伏して再擧を圖らん, 七日市ケ谷の自證院に潛ませられた。此の時に當り、一橋茂榮・田安慶頼等は、, 寛永寺の堂塔に放火し、虚に乘じて腹背より賊を挾撃した。官軍の兵力は約, 斯くて或るものは遠く奧羽地方に走り、或るものは舊幕府海軍副總裁榎本釜, 輪王寺宮は畏くも學寮衆の姿に御身をやつし給ひ、竹林坊光映等數人の僧, を隨へ、三河島を經て尾久村に遁れ給ひ、具さに辛酸を嘗めさせられ、やがて十, じて品川沖碇泊中の運送船長鯨に搭乘せられ、やがて二十八日常陸國平潟に, 午後, 五時, 輪王寺宮, の奧羽潛, 行, 第十九編戊辰の役, 二二六

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  • 1501,1768,61,1058頃に至つて彰義隊は全く潰滅した。
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