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することとなつた。, 津征討の中止を建言したのである。併し會津藩の叛情は既に歴然たるもの, 展しなかつた。加ふるに會津藩は官軍の藩境に迫るを見るや、使者を仙臺・米, 澤二藩の陣營に遣して、謝罪の意を通じ姑く進撃を止めんことを請ふに至つ, 仙臺藩は鎭撫總督府に對し、會津藩に恭順謝罪の意志あるを辭柄として、屡〻會, たが爲であつた。即ちこれより先、仙臺・米澤二藩は極力會津藩を救解せんと, た。而してこれ實に會津藩と仙臺・米澤二藩との間に、既に默契が結ばれてゐ, があり、鎭撫總督府は〓りに仙臺・米澤二藩を始め、泉・湯長谷等諸藩の出兵を督, の罪状が明白ならざることに藉口して遂に命を奉じなかつた。又是より先, 促した。是に於いて伊達慶邦は止むなく藩兵を南下せしめ、自らも四月十, 敬・同世良修藏等を隨へて仙臺を發し、岩沼, に陣した。翌十二日總督九條道孝も亦參謀醍醐忠, 然れども仙臺藩兵は會津藩に同情して全く戰意なく、爲に戰況は容易に進, に陣して會津征討の官軍を督, 日仙臺を發して白石, 企て、三月二十八日使者を會津に遣して、松平容保に恭順謝罪を勸告せしめ、尋, 磐城國, 刈田郡, 名取郡, 陸前國, 仙臺米澤, 勸告, 二藩の會, 津藩謝罪, 第十九編戊辰の役, 二五〇
割注
- 磐城國
- 刈田郡
- 名取郡
- 陸前國
頭注
- 仙臺米澤
- 勸告
- 二藩の會
- 津藩謝罪
柱
- 第十九編戊辰の役
ノンブル
- 二五〇
注記 (26)
- 935,527,49,562することとなつた。
- 1508,528,61,2311津征討の中止を建言したのである。併し會津藩の叛情は既に歴然たるもの
- 699,528,58,2318展しなかつた。加ふるに會津藩は官軍の藩境に迫るを見るや、使者を仙臺・米
- 586,526,60,2312澤二藩の陣營に遣して、謝罪の意を通じ姑く進撃を止めんことを請ふに至つ
- 1624,529,61,2320仙臺藩は鎭撫總督府に對し、會津藩に恭順謝罪の意志あるを辭柄として、屡〻會
- 357,527,60,2315たが爲であつた。即ちこれより先、仙臺・米澤二藩は極力會津藩を救解せんと
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