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く、會津藩の謝罪を容れず、之を天地に容るべからざる大罪人と稱するが如き, 等諸藩も、夫々其の兵を撤するに至つた。而して總督九條道孝及び參謀醍醐, は、公明正大の處置に非ず、且つ農事繋忙の際に諸藩數萬の兵を動かすは、徒ら, 春・磐城平等諸藩及び庄内藩征討の軍を出してゐた盛岡・弘前・久保田・新庄・山形, に蒼生を塗炭の苦に陷れるものである。されば仙臺・米澤二藩は藩境の守兵, ず、即日之を許したが、幾許もなく會津藩征討の軍を出してゐた二本松・棚倉・三, これより後、豫て仙臺藩士の怨嗟を蒙つてゐた長州藩士野村十郎, 念に堪へず、閏四月十九日鎭撫總督府に書を上つて藩兵の撤退を請うた。曰, 士瀬上主膳等は閏四月二十日早曉、修藏を福島の青樓に襲つて之を暗殺した。, のみを殘して、他は悉く撤退すべしと。鎭撫總督府は情勢奈何ともなす能は, と記せるを見るに及び、仙臺藩士の激〓は其の極に達した。是に於いて同藩, 仙臺藩主伊達慶邦・米澤藩主上杉齊憲も亦、歎願書が却下せられるや、憤〓の, 鮫島金兵衞, 等も亦相次いで暗殺せられ、東北の地は物情騷然たる有樣とな, つた。, ・薩州藩士, 敏, 行, 宗, 隆, の撤兵, 奧羽諸藩, 第三章東北の戰爭第一節東北諸藩の態度, 二五七
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- の撤兵
- 奧羽諸藩
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- 第三章東北の戰爭第一節東北諸藩の態度
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- 二五七
注記 (24)
- 998,539,62,2322く、會津藩の謝罪を容れず、之を天地に容るべからざる大罪人と稱するが如き
- 310,534,70,2329等諸藩も、夫々其の兵を撤するに至つた。而して總督九條道孝及び參謀醍醐
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