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卿を長州藩より受取り、同藩及び薩州・久留米・熊本・佐賀の五藩が一人宛之を預る, 卿及び諸隊を説得せんと志した。此の時に當り、征長總督は筑前藩に令して、五, 内の一和が最も肝要である。されば世子元敏, を圖るべきにより、輕擧を愼み、靜肅に滯在すべしと述べた。二十五日元敏は清, 末藩主毛利元純と共に萩に赴き、長州藩主に見え、諸隊の爲に周旋する所があつ, 事に周旋すべき事を命じた。吉之助は筑前藩士と共に、五卿移轉の周旋を行は, 早川養敬・月形洗藏と會し、五卿移轉の事に就いて協議した。, たが、其の目的を達せず空しく歸藩したのであつた。斯くて諸隊は、五卿を奉じ、, 藩廳の制止に從はず、其の引渡は容易に實現すべくもなかつた。, 走してゐたが、五卿の引渡が行はれない時には、撤兵も亦實行し難いので、自ら五, んとして、十一月二十一日廣島を發し、二十三日小倉に至つた。尋いで筑前藩士, 卿の爲に心を勞せる事を告げ、且つ五卿が移轉せられない時には、征討軍の撤兵, 十二月三日養敬・洗藏の二人は長府に至り、五卿に〓し、筑前藩主黒田齊薄が、五, を萩に遣して、藩廳の改革, 薩州藩士西郷吉之助は、征長總督の帷幄に參畫し、征長軍の撤兵を行ふ事に奔, 後左京亮, 安五郎, 周旋, 筑前藩の, 西郷吉之, 助小倉に, 赴く, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 一八八
割注
- 後左京亮
- 安五郎
頭注
- 周旋
- 筑前藩の
- 西郷吉之
- 助小倉に
- 赴く
柱
- 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役
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- 一八八
注記 (24)
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