『維新史』 維新史 4 p.188

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卿を長州藩より受取り、同藩及び薩州・久留米・熊本・佐賀の五藩が一人宛之を預る, 卿及び諸隊を説得せんと志した。此の時に當り、征長總督は筑前藩に令して、五, 内の一和が最も肝要である。されば世子元敏, を圖るべきにより、輕擧を愼み、靜肅に滯在すべしと述べた。二十五日元敏は清, 末藩主毛利元純と共に萩に赴き、長州藩主に見え、諸隊の爲に周旋する所があつ, 事に周旋すべき事を命じた。吉之助は筑前藩士と共に、五卿移轉の周旋を行は, 早川養敬・月形洗藏と會し、五卿移轉の事に就いて協議した。, たが、其の目的を達せず空しく歸藩したのであつた。斯くて諸隊は、五卿を奉じ、, 藩廳の制止に從はず、其の引渡は容易に實現すべくもなかつた。, 走してゐたが、五卿の引渡が行はれない時には、撤兵も亦實行し難いので、自ら五, んとして、十一月二十一日廣島を發し、二十三日小倉に至つた。尋いで筑前藩士, 卿の爲に心を勞せる事を告げ、且つ五卿が移轉せられない時には、征討軍の撤兵, 十二月三日養敬・洗藏の二人は長府に至り、五卿に〓し、筑前藩主黒田齊薄が、五, を萩に遣して、藩廳の改革, 薩州藩士西郷吉之助は、征長總督の帷幄に參畫し、征長軍の撤兵を行ふ事に奔, 後左京亮, 安五郎, 周旋, 筑前藩の, 西郷吉之, 助小倉に, 赴く, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 一八八

割注

  • 後左京亮
  • 安五郎

頭注

  • 周旋
  • 筑前藩の
  • 西郷吉之
  • 助小倉に
  • 赴く

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

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  • 一八八

注記 (24)

  • 785,580,60,2280卿を長州藩より受取り、同藩及び薩州・久留米・熊本・佐賀の五藩が一人宛之を預る
  • 901,580,58,2281卿及び諸隊を説得せんと志した。此の時に當り、征長總督は筑前藩に令して、五
  • 1737,580,55,1337内の一和が最も肝要である。されば世子元敏
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  • 1492,578,62,2277末藩主毛利元純と共に萩に赴き、長州藩主に見え、諸隊の爲に周旋する所があつ
  • 671,582,61,2280事に周旋すべき事を命じた。吉之助は筑前藩士と共に、五卿移轉の周旋を行は
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  • 1373,584,62,2287たが、其の目的を達せず空しく歸藩したのであつた。斯くて諸隊は、五卿を奉じ、
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