『維新史』 維新史 4 p.70

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島又兵衞等と共に尚同地に駐まつた。, 明日中に撤退し、天龍寺の兵も遠からず人數の入替を行うて、追々撤退せしめる, あらせらるべくもなく、形勢は依然危機を孕んでゐたのであつた。然るに此處, であらうと述べて、御沙汰に副ふやう努力を續けてゐる旨を明かにした。尋い, の變を惹起するに至つたのである, 九日朝廷に上書して、越後が鎭撫に努めてゐることを述べ、粟生光明寺の兵を今, 寺の兵を撤して、山崎に屯せしめることとした。よつて京都留守居乃美織江は, で國司信濃は天龍寺に至り、屯集の一部を山崎に退かしめ、自らは兒玉小民部・來, 歸國せしむべしと下命あらせられたが、同藩士等は未だ其の命を奉ずるに至ら, に、鳳輦遷幸の流言などが起つて、痛く此の緊迫せる情勢を刺戟し、遂に所謂禁門, ず、且つは諸藩の周旋も未だ功を奏しない。一方長州藩士等の歎願は到底聽許, から、今更大坂に退くは本意でないと固く主張して肯じなかつた。只粟生光明, 倩〻元治元年七月上旬の京坂の情勢を見るに、朝廷は福原越後に長州藩士等を, 駐屯, 國司信濃, の天龍寺, 寺撤兵, 粟生光明, 第十三編禁門の變及び・第一囘征長の役, 七〇

頭注

  • 駐屯
  • 國司信濃
  • の天龍寺
  • 寺撤兵
  • 粟生光明

  • 第十三編禁門の變及び・第一囘征長の役

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  • 七〇

注記 (20)

  • 1059,579,58,1079島又兵衞等と共に尚同地に駐まつた。
  • 1405,571,61,2280明日中に撤退し、天龍寺の兵も遠からず人數の入替を行うて、追々撤退せしめる
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