『維新史』 維新史 4 p.186

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

十一日萩に至り、城内を巡見した。長州藩世子は巡見使の旅館に赴き、父子とも, のである。, の諸隊は五卿を擁して藩廳の改革を圖り、藩内は依然として動搖してゐたので, 巡見使は、世子が其の旅館に來た事を以て、軍門謝罪の意と解し、二日萩を發して, 破却の見分を行つた。併しこれは單なる形式に止まつたのである。尋いで二, ある。又征長總督がかかる寛典を以て長州藩に臨んだ事を非難する者も尠く, 所勞且つ謹愼中であり、猶氣分も勝れないが、推して挨拶の爲參上したと述べた。, 歸途に就き、岩國を經て廣島に歸り、状を總督に復命した。, いた。併し撤兵の一要件である五卿の引渡は未だ實行せられず、長州藩急進派, なかつた。征長總督は撤兵を急ぎ、十二月二十七日追討諸軍に「毛利大膳父子服, 罪ニ付、國内鎭靜之躰爲見留候處、異議無之候。仍討手之面々陣拂可被致候」督府, 斯くて第一囘征長の役は、専ら西郷吉之助の周旋により、和平裏に終幕に近づ, 征長紀事)と令したが、伏罪後の長州藩に對する處分策は、容易に定まらなかつた, 撤兵令, 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役, 一八六

頭注

  • 撤兵令

  • 第十三編禁門の變及び第一囘征長の役

ノンブル

  • 一八六

注記 (16)

  • 1607,574,58,2283十一日萩に至り、城内を巡見した。長州藩世子は巡見使の旅館に赴き、父子とも
  • 338,589,53,253のである。
  • 911,581,58,2276の諸隊は五卿を擁して藩廳の改革を圖り、藩内は依然として動搖してゐたので
  • 1374,578,59,2274巡見使は、世子が其の旅館に來た事を以て、軍門謝罪の意と解し、二日萩を發して
  • 1722,572,58,2277破却の見分を行つた。併しこれは單なる形式に止まつたのである。尋いで二
  • 795,583,57,2277ある。又征長總督がかかる寛典を以て長州藩に臨んだ事を非難する者も尠く
  • 1491,574,58,2297所勞且つ謹愼中であり、猶氣分も勝れないが、推して挨拶の爲參上したと述べた。
  • 1260,578,56,1620歸途に就き、岩國を經て廣島に歸り、状を總督に復命した。
  • 1027,586,58,2274いた。併し撤兵の一要件である五卿の引渡は未だ實行せられず、長州藩急進派
  • 680,584,58,2277なかつた。征長總督は撤兵を急ぎ、十二月二十七日追討諸軍に「毛利大膳父子服
  • 565,578,58,2286罪ニ付、國内鎭靜之躰爲見留候處、異議無之候。仍討手之面々陣拂可被致候」督府
  • 1144,643,57,2211斯くて第一囘征長の役は、専ら西郷吉之助の周旋により、和平裏に終幕に近づ
  • 448,581,58,2276征長紀事)と令したが、伏罪後の長州藩に對する處分策は、容易に定まらなかつた
  • 1143,313,42,168撤兵令
  • 1840,687,46,962第十三編禁門の變及び第一囘征長の役
  • 1839,2351,43,107一八六

類似アイテム