『保古飛呂比』 保古飛呂比 7 明治9年~同10年 p.80

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

大岡中佐南坂下, こ出逢、面部疵重症二有之候、其他無難こて有之候、小生義も危き所漸く切り抜け申候、先つ, 唯今の勢二ては、當地之ては再大擧も有之間敷候へ共、既二筑前の秋月二凡五百餘の賊屯集の, 趣、當地よりも一中隊出兵、福岡城よりも出陣致候、當地電信局へ賊等驅付け候て、東京其他, 奥州邊、松代并山口等へ電信を頼み、直樣器械を破〓し去る趣、然る處右は全電信を報し候由、, 二出逢、終二即死、惣て在宅の, 實以て此度の事件は何とも申樣無之、面目も無之次第、且憾〓二堪へず、猶又言語同斷の始末、, 種田少將自宅, 候得共、小生實際之大略、如此申述候なり、, 御推察奉願候、荒増なる人名は左の通二御坐候、いづれ最早追々委細に御聞及びも可有之事n, 大岡中佐, 提理の家二は亂入せず、依て、右變動故、騎馬こて出署之節、下馬橋内南坂下スて、賊の伏勢, 提理の外二は十二等出仕永山と申者司契書記心得、先日拜命仕、出署の節ぼーふん坂邊こて賊, 士官は大〓驅付け、途中こて賊難二出逢申候、當方面二ては、, 卷三十七明治九年(十一月), 高岡中佐自宅, 重友軍吏副南坂下, 種田少將, 即死, 豐田大尉船場, 高岡中佐, 豐田大尉, 武, 文, 高岡中佐, 八〇

割注

  • 豐田大尉
  • 高岡中佐

ノンブル

  • 八〇

注記 (26)

  • 604,757,53,966大岡中佐南坂下
  • 1534,716,58,2241こ出逢、面部疵重症二有之候、其他無難こて有之候、小生義も危き所漸く切り抜け申候、先つ
  • 1429,707,57,2250唯今の勢二ては、當地之ては再大擧も有之間敷候へ共、既二筑前の秋月二凡五百餘の賊屯集の
  • 1324,707,57,2255趣、當地よりも一中隊出兵、福岡城よりも出陣致候、當地電信局へ賊等驅付け候て、東京其他
  • 1220,707,57,2248奥州邊、松代并山口等へ電信を頼み、直樣器械を破〓し去る趣、然る處右は全電信を報し候由、
  • 1745,721,54,727二出逢、終二即死、惣て在宅の
  • 1116,702,57,2254實以て此度の事件は何とも申樣無之、面目も無之次第、且憾〓二堪へず、猶又言語同斷の始末、
  • 703,757,53,911種田少將自宅
  • 909,704,54,1039候得共、小生實際之大略、如此申述候なり、
  • 1012,700,57,2255御推察奉願候、荒増なる人名は左の通二御坐候、いづれ最早追々委細に御聞及びも可有之事n
  • 606,755,52,213大岡中佐
  • 1848,709,56,2251提理の家二は亂入せず、依て、右變動故、騎馬こて出署之節、下馬橋内南坂下スて、賊の伏勢
  • 1638,708,57,2258提理の外二は十二等出仕永山と申者司契書記心得、先日拜命仕、出署の節ぼーふん坂邊こて賊
  • 1743,1505,57,1451士官は大〓驅付け、途中こて賊難二出逢申候、當方面二ては、
  • 1960,706,44,702卷三十七明治九年(十一月)
  • 504,757,55,909高岡中佐自宅
  • 405,755,55,967重友軍吏副南坂下
  • 705,754,51,215種田少將
  • 807,812,48,101即死
  • 300,757,55,909豐田大尉船場
  • 509,753,50,214高岡中佐
  • 301,756,53,212豐田大尉
  • 1729,1457,38,34
  • 1771,1459,43,37
  • 509,753,50,214高岡中佐
  • 1959,2632,41,81八〇

類似アイテム