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ものであった。, た。その上衣の内我々は各自、皇帝の許からこれらの品々を持參したトラゼモン殿に一著ずつ, 得るためやって來たのである。, また皇帝は私に、彼がイギリス國王の書翰に返答を送ることもまた贈物を送ることもしたく, を與えた。, 加えて、私にはカタン一振と上衣一〇著を、キャプテン・アダムズには上衣一〇著を屆けさせ, の生薑が添えてあった。これを持參したシナ人は、コーチンシナ行きのゴション一通の交附を, では縁起の惡いことと見做されている事柄だからである、との傳言を寄越し、しかし、それに, 附のもの。, なく、何故なら、それ, 一六年五月, "を報ずる、先月七日、八日、及び九日附の手紙を受取った。すなわち, さらにまた私はシナ人のキャプテン・ハウから一通の手紙を受取ったが、それには一壺の牛, 一通はジュン・ジョンソン君とリチヤード・ピット〔君〕からの手紙で、シャム發、一六, また私は平戸から、スィー・アドヴェンチュア號のシャムから平戸への歸著, 通はジョン・フェラーズ〔君〕からの、同地からのもの。日附は, は彼の亡父, に宛てたものであり、〔これに答えることは〕日本, ○記載を。, 歸著は「去る九月十, ○〓外註に、同號の, ○日附の記, 載を闕く。, 家康、, 書翰, ○徳川, 日」と見, ○國王, える。, 來翰, リチャード, ジョン・ジ, 暹羅よりの, ユュア號歸著, ○記載を。, ョンソン, 海朱印状を, 暹羅交趾渡, 受領す, 家康既に亡, 特許状及び, 其の理由, 桃野太郎左, ス及び按針, 秀忠英國干, 衞門コック, 書翰に返翰, を贈らず, への被下物, の使者交趾, 甲必丹華宇, を齎す, 見に到る, を求めて伏, 渡海朱印状, スィー・ア, の報來る, ・ヒッツ, ドヴェンチ, ョンソン, エラー, ジョン・フ, ュア號歸著, ジョン・ジ, 暹羅よりの, し, 來翰, リチャード, 一六一七年十月, 一一四, 闕く。
割注
- 歸著は「去る九月十
- ○〓外註に、同號の
- ○日附の記
- 載を闕く。
- 家康、
- 書翰
- ○徳川
- 日」と見
- ○國王
- える。
- 來翰
- リチャード
- ジョン・ジ
- 暹羅よりの
- ユュア號歸著
- ○記載を。
- ョンソン
頭注
- 海朱印状を
- 暹羅交趾渡
- 受領す
- 家康既に亡
- 特許状及び
- 其の理由
- 桃野太郎左
- ス及び按針
- 秀忠英國干
- 衞門コック
- 書翰に返翰
- を贈らず
- への被下物
- の使者交趾
- 甲必丹華宇
- を齎す
- 見に到る
- を求めて伏
- 渡海朱印状
- スィー・ア
- の報來る
- ・ヒッツ
- ドヴェンチ
- ョンソン
- エラー
- ジョン・フ
- ュア號歸著
- ジョン・ジ
- 暹羅よりの
- し
- 來翰
- リチャード
柱
- 一六一七年十月
ノンブル
- 一一四
- 闕く。
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- 1760,637,50,341ものであった。
- 1225,635,61,2268た。その上衣の内我々は各自、皇帝の許からこれらの品々を持參したトラゼモン殿に一著ずつ
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