『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.210

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ていた。, ったが、しかしその後の夜分はほとんど或いはまったく降らなかった、等々。, へ歸って、シナ人たちのことに決著をつけるつもりである、と書いてあった。, 鑄物師たち、すなわち造幣職人たちが今日再び銀の吹替えにやって來た。, 今月九日に急使に托して彼に送られた私の手紙に對する返事で、彼が二ないし三日以内に平戸, 私はキャプテン・アダムズから、長崎發、二日以前の日附の手紙を一通受取ったが、これは, し相手はその言葉を否定した。しかも彼一, 十三日今朝は快晴の天氣で、僅かながら北の風があったが、しかしその後間もなくかなり, の強風となり日中の大部に亘って吹續け、夜分には若干の雨を伴なったが、なお北の風が吹い, 〓り、オランダ船がもし出帆すれば海上に出るのは危險と考えられるので、これを見張るため, 醫はウェドモアが自分の衣料箱をこじ開けて、油すなわち藥用品二罎を持出したと言い、しか, 今日、次の報せが來た。すなわち、アマカンの船は長崎から三リーグ先のフアクンダ〓, 五嶋へピニス船(或いはバルク船)を派遣した由。, と呼ぶアドヴァイス號の外科醫圖と船主附助手の, がそれらを取出したが、それらを元へ〓したと, リチャード・ウェドモアとの間で行われた受流しや證據立てに大變手を燒いた。すなわち外科, 我々はその名を〓", バースンズである, ○〓外にはなお「我々は蘇木三〇, 〇ピコルを秤量した」とある。, ○名の記載を闕くが, モア。, ○ウェド, ○福, (fending & pro[vlinge), 田。, 戸に〓り交, 趾行の事を, 船を出して, 按針近く平, 決せんとす, 科醫パース, 葡船福田に, 哨戒す, 替を行ふ, 來り銀の吹, 助手ウェド, ンズ船手附, 嵐を遊け小, ァイス號外, 銀座役人再, 英船アドヴ, 五嶋附近を, 度英商館に, モアと爭ふ, 一六一八年一月, 二一〇

割注

  • バースンズである
  • ○〓外にはなお「我々は蘇木三〇
  • 〇ピコルを秤量した」とある。
  • ○名の記載を闕くが
  • モア。
  • ○ウェド
  • ○福
  • (fending & pro[vlinge)
  • 田。

頭注

  • 戸に〓り交
  • 趾行の事を
  • 船を出して
  • 按針近く平
  • 決せんとす
  • 科醫パース
  • 葡船福田に
  • 哨戒す
  • 替を行ふ
  • 來り銀の吹
  • 助手ウェド
  • ンズ船手附
  • 嵐を遊け小
  • ァイス號外
  • 銀座役人再
  • 英船アドヴ
  • 五嶋附近を
  • 度英商館に
  • モアと爭ふ

  • 一六一八年一月

ノンブル

  • 二一〇

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  • 735,622,49,171ていた。
  • 1769,641,63,1847ったが、しかしその後の夜分はほとんど或いはまったく降らなかった、等々。
  • 1456,637,62,1851へ歸って、シナ人たちのことに決著をつけるつもりである、と書いてあった。
  • 1350,672,63,1757鑄物師たち、すなわち造幣職人たちが今日再び銀の吹替えにやって來た。
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