『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.36

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を取〓した。, 君宛ての私の手紙數通、宿主たちやオシェノスケ殿に宛てた他の手紙數通を渡した。またキヤ, めミアコに集結したが、その、かくも莫大な數の貴人たちを見るのは驚嘆すべきことであっ, ニールソン君はジョン・フィービーに丁銀一〇○匁を支拂った。そして私は彼に、イートン, にも同樣にした。するとその後間もなくシュジェン殿が扇一〇本の贈物を携えて私を訪ねて來, て、そして戰爭の話を繰返し語り、日本の總べての貴人たちは皇帝オーゴショ樣を訪問するた, 渡航許可證を更新して欲しい、また、もし惡漢どもがイートン君を引き留めているのなら彼を, 今日は人夫二人。, とゴトー・ザザブラ殿に宛てて、もし必要なら我々の, イッカム君から、シャム向けの船荷のうち、コルジ當り一二リアルの痛んだダッティー布三反, た、と述べた。ニールソン君は、キャプテン・アダムズから、商品カンデク・マウイ, がミアコから當地に到著した。また, 直ちに出發させて欲しいとの手紙を書いた。ジョン・ゴーセン, ウナジ。ェン。セ殿, プテン・アダムズはコジスケ3, し〓また私は我々の通詞を派遣して、彼等の歸國に歡迎の意を表わし、ジョン・ヨ。。セン〓, も同じく到著した。また〔私は〕ウ, 及びシュジェン殿, 〓船手方カピテン, steijnすなわちリーフデ號漂著オランダ人耶揚子のこと。三浦按針同樣, ンステインjan joosten van loden-, ○ヤン・ヨーステン・ファン・ローデ, 膳重賀, 江戸幕府に仕え、その邸がのちに八重洲河岸と呼ばれるようになった。, )松浦主, ○姓不詳内膳正、松浦, 内陸にma., ○アラビア, に同じ, 殿に同じ。, ○コズキン, ○ゴーセ, (suigen dono), 及びシュジェン殿, 状更新に就, 多正純に書, を致し朱印, 都の近況を, き援助を乞, に來る, 耶揚子平戸, 語る, 船手方内膳, 三浦按針本, 正及び松浦, 重賀平戸に, 松浦重賀京, 歸る, 之を歡迎す, 通詞を派し, 金巾, 一六一五年六月, 三六

割注

  • 〓船手方カピテン
  • steijnすなわちリーフデ號漂著オランダ人耶揚子のこと。三浦按針同樣
  • ンステインjan joosten van loden-
  • ○ヤン・ヨーステン・ファン・ローデ
  • 膳重賀
  • 江戸幕府に仕え、その邸がのちに八重洲河岸と呼ばれるようになった。
  • )松浦主
  • ○姓不詳内膳正、松浦
  • 内陸にma.
  • ○アラビア
  • に同じ
  • 殿に同じ。
  • ○コズキン
  • ○ゴーセ
  • (suigen dono)
  • 及びシュジェン殿

頭注

  • 状更新に就
  • 多正純に書
  • を致し朱印
  • 都の近況を
  • き援助を乞
  • に來る
  • 耶揚子平戸
  • 語る
  • 船手方内膳
  • 三浦按針本
  • 正及び松浦
  • 重賀平戸に
  • 松浦重賀京
  • 歸る
  • 之を歡迎す
  • 通詞を派し
  • 金巾

  • 一六一五年六月

ノンブル

  • 三六

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  • 1549,633,59,2262君宛ての私の手紙數通、宿主たちやオシェノスケ殿に宛てた他の手紙數通を渡した。またキヤ
  • 394,629,57,2268めミアコに集結したが、その、かくも莫大な數の貴人たちを見るのは驚嘆すべきことであっ
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  • 499,627,55,2274て、そして戰爭の話を繰返し語り、日本の總べての貴人たちは皇帝オーゴショ樣を訪問するた
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