『大日本史料』 1編 9 天暦元年 6月~7年7月 p.68

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さて當社は、鎭守府將軍藤原秀郷朝臣、佐野唐澤山に居城を構へし時、當地, 云、宮司が家記にも、承平二年秀郷朝臣再建と記して、其後佐野家代々修覆, は鬼門にあたりて、一里許にあれば、城中鎭護のために建立する所なりと, 種珍寶と、蒲生系圖に見えたり、三上山の〓畫を斬と世にいふは非なり、さ, れと秀吉公、すて君生れし時、蒲生氏郷誕生の賀に、秀郷の矢の根を獻す、三, と云、同鎭守府將軍頼行まで六代にして中絶せしを、其後孫佐野庄司成俊, 歳にて早世せり、此矢の根、妙心寺に收むといふ、, 鎭座詳ならず、今都賀郡小野寺村なる八幡宮を、村檜神社なりと唱ふ, 再興して居住す、それより佐野太郎基綱相續して、子孫代々是に住せり, 安蘇郡佐野庄栃本村の唐澤山の上にあり、鎭守府將軍秀郷朝臣の築く所, を加ふるよし棟札等あり、, 安蘇郡佐野莊天明驛にあり、圭田五十石、春日岡山轉法輪院と號す、開山宥, 〔下野國誌〕, 〔下野國誌〕, 〔下野國誌〕, 佐野城, 〓宗寺, 〔下野國誌〕福祇鎭座村檜神社, 古城盛哀, 佛閣僧坊, 十一, 略, 神祇鎭座, ○中, 八, 三, 〓祇鎭座村檜神社, 守村檜神, 山ニ佐野, 下野唐澤, 城ヲ築ク, 佐野城鎭, 社ヲ建立, トノ説, ストノ説, 天暦元年閏七月二十四日, 六八

割注

  • 古城盛哀
  • 佛閣僧坊
  • 十一
  • 神祇鎭座
  • ○中
  • 〓祇鎭座村檜神社

頭注

  • 守村檜神
  • 山ニ佐野
  • 下野唐澤
  • 城ヲ築ク
  • 佐野城鎭
  • 社ヲ建立
  • トノ説
  • ストノ説

  • 天暦元年閏七月二十四日

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  • 六八

注記 (37)

  • 822,643,75,2183さて當社は、鎭守府將軍藤原秀郷朝臣、佐野唐澤山に居城を構へし時、當地
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