『大日本史料』 11編 15 天正13年4月 p.303

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其他從者不詳、, 之色、味方の士卒は數百騎、檜原か歸路を取切り、備たりけれは、檜原力不及、すなわ, 御奉公の者なくは、會津猪苗代城主彈正盛國を語らひ見侍るへき也、幸此度召連たる家, やあらん、御身これを不肯は、我空歸るへからすといへり、其時渠許諾して、從卒二十, は、會津に當家へ奉公の者なく、殊に境目切所故に、御働き成かたき由を宣ふ、會津に, 來羽田右馬助は、猪苗代家老石部監物に由緒有るのよし、成實申上らる、乃右馬助を召, に公曰、汝無類の器量也、武勇不可疑、向後我手に屬せよ、檜原の主聞て、暫雖無應諾, 騎餘を可從躰なり、景綱曰、何の用心かこれあらん、政宗一人にて二町許陣所を離れ, 景綱又曰、我不肖なりといへとも政宗〓近の臣也、我を質とせられは何の恐懼すること, 也、政宗曾て是を聞けり、願は見之となり、請對面し玉へと云、檜原の主これを不肯、, て、中途に居れり、檜原の主是を見、從卒無用とて、唯一騎にて來り、奉拜〓公を、時, 九日、信夫郡大森城主伊達藤五郎殿成實、檜原御陣所へ參上せらる、公成實に仰らるゝ, ち奉拜禮、屬御摩下にと云々、此時家士佐藤治郎右衞門・佐藤金藏・村上和泉等供す、, 士を引率して備を立、時に景綱單騎にて其備に入、對其主に曰、御身は器量無雙の人, 宗ニ降ル, 檜原ノ主政, 政宗檜原ノ, 主ト會見ス, 天正十三年五月十三日, 三〇三

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  • 宗ニ降ル
  • 檜原ノ主政
  • 政宗檜原ノ
  • 主ト會見ス

  • 天正十三年五月十三日

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  • 三〇三

注記 (20)

  • 860,740,54,358其他從者不詳、
  • 1101,739,58,2242之色、味方の士卒は數百騎、檜原か歸路を取切り、備たりけれは、檜原力不及、すなわ
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  • 1223,744,58,2238に公曰、汝無類の器量也、武勇不可疑、向後我手に屬せよ、檜原の主聞て、暫雖無應諾
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