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といへるも非なり、檜垣とは右の遊女が名なり、, 國の遊女檜垣とあり、藤原清輔の袋雙子にも、一, 垣が時代より百五十年以後の事なり、, 前に住、後に肥後に來りしなり、, ある説に、檜垣はじめは、筑前に住、後に肥後に來り、白河の邊に住しといふ, ある説に、太宰府に、かりに檜垣しつらひてすめる故に、ひがきの女とよぶ, へたり、大和物語首書にも、右の歌をのせて、白河は肥後阿蘇山より出ると, は是なり、家集に、清原元輔肥後の任はてゝ京にのぼりしとき、かどでの所, によびて、はじめ筑前の守なりしに、ほどもなく此國に來りて、ふたたびあ, へ、徒然草には、磯禪師はじまりなりとしるせり、いづれの説によりても、檜, は、鳥羽院の御宇に、嶋千載、若前といふ者舞はじめたりと、源平盛衰記に見, ひ見つると記し、あるひは怡土郡にものいひし府官が事あれば、はじめ筑, 後の白河をよめることうたがふべからず、猶家集を考へ見るべし、, ある説に、檜垣は白拍子にて、蘭曲のはじまりと云傳ふれど非なり、白拍子, 記す、右に載るごとく、白河の邊、九品山蓮臺寺に、檜垣が石塔あるときは、肥, と見, 一同ジキヲ以テ略ス, ○文、上ニ引ク所ノ本書, ノ説ハ誤, 檜垣蘭曲, ヲ始ムト, 白河ハ肥, ミ後肥後, 檜垣始メ, トノ説, 筑前ニ住, 後ニ在リ, ニ移ル, 檜垣ノ名, ナリ, 天慶四年五月二十日, 八八三
割注
- 一同ジキヲ以テ略ス
- ○文、上ニ引ク所ノ本書
頭注
- ノ説ハ誤
- 檜垣蘭曲
- ヲ始ムト
- 白河ハ肥
- ミ後肥後
- 檜垣始メ
- トノ説
- 筑前ニ住
- 後ニ在リ
- ニ移ル
- 檜垣ノ名
- ナリ
柱
- 天慶四年五月二十日
ノンブル
- 八八三
注記 (32)
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