『大日本史料』 1編 12 康保 4年 5月~安和2年8月 p.11

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世中をはかなき物とみさゝきのうもるゝやまになけく覽やよ, 邑上陵, 加實檢之處、全無破損、四至不分明之由、寺家同所申也、, かにと思ひやりきこゆるに、あはれなり、やう〳〵曰ころになりて、貞觀殿御方に、, 御かへりこと、いとかなしけにて、, 〔權記〕寛弘八年七月八日、己卯、今日御葬送也、, いかになときこへけるついてに、, 實檢後田邑并村上二陵破損事, 黄幡主典代内藏屬宗岳時重, 右依宣旨、實檢如件、, 〔中右記〕嘉承元年二月廿八日、, 此幡延長在小屋形内、天暦六年藏人所, おくれしとうきみさゝきに思ひいる心はしての山にやあるらん, 〔かけろふの日記〕上みさゝきやなにやときくに、ときめきたまへる人〳〵、い, ける、, 持之、外院中西掖有御休所、於是供御手水・御膳等、, ○中, ○富岡本ヲ, ○中, ○中, 以テ傍注ス、, 略, 略, 略, 人持之、康保四年出納伴康兼持之云々、, 持之、外院中西掖有御休所、於是供御手水・御膳等、, 持ツ, 藤原道綱母, 出納黄幡ヲ, 藤原登子ト, 山陵ニ寄セ, テ哀傷ノ歌, 至不分明, 村上陵ノ四, ヲ贈答ス, 康保四年六月四日

割注

  • ○中
  • ○富岡本ヲ
  • 以テ傍注ス、
  • 人持之、康保四年出納伴康兼持之云々、
  • 持之、外院中西掖有御休所、於是供御手水・御膳等、

頭注

  • 持ツ
  • 藤原道綱母
  • 出納黄幡ヲ
  • 藤原登子ト
  • 山陵ニ寄セ
  • テ哀傷ノ歌
  • 至不分明
  • 村上陵ノ四
  • ヲ贈答ス

  • 康保四年六月四日

注記 (36)

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