『大日本史料』 1編 15 天延 2年 4月~貞元元年6月 p.59

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

假文者、猶避御衰日、況於喪乎、仍案内彼此專無忌、但奏者避之云々、左兵衞督濟時, 准醍醐御時有定、不可被忌云々、仍其時不忌云々、但時中示云、大納言説云、可忌歟, そのほとに左京の官うせ給ひぬとものすへかめる、うちに, 午大辨保光等被示云、皇御時專無忌之、右大辨爲輔朝臣被示云、朱雀院御時、萬事因, もつゝしみふかうて、山寺になとしけうて、とき〳〵おとろかして、みなつきもはて, 天延二年六月七日、甲申、依故遠基喪、上卿及侍臣多奉假文、或者云、上古説奏治病, 云々、又至于召者可避也、, ぬ、, 〔かけろふの日記〕, 〔尊卑分脈〕, 〔侍中群要〓, 公卿假文, 昨日夜、左京大夫遠基朝臣死去、是當今舅氏也、如此之時例、可尋聞者也、, かくて, つきたちぬ、, 藤原氏, 北家, ○中, 假文, 略, 九, 略, 親族ノ公卿, 等假文ヲ上, 世系, ル, 天延二年五月二十七日, 五九

割注

  • 藤原氏
  • 北家
  • ○中
  • 假文

頭注

  • 親族ノ公卿
  • 等假文ヲ上
  • 世系

  • 天延二年五月二十七日

ノンブル

  • 五九

注記 (28)

  • 1324,584,69,2134假文者、猶避御衰日、況於喪乎、仍案内彼此專無忌、但奏者避之云々、左兵衞督濟時
  • 1063,584,73,2174准醍醐御時有定、不可被忌云々、仍其時不忌云々、但時中示云、大納言説云、可忌歟
  • 678,1277,62,1478そのほとに左京の官うせ給ひぬとものすへかめる、うちに
  • 1195,603,69,2149午大辨保光等被示云、皇御時專無忌之、右大辨爲輔朝臣被示云、朱雀院御時、萬事因
  • 544,591,66,2166もつゝしみふかうて、山寺になとしけうて、とき〳〵おとろかして、みなつきもはて
  • 1453,583,70,2182天延二年六月七日、甲申、依故遠基喪、上卿及侍臣多奉假文、或者云、上古説奏治病
  • 932,591,58,641云々、又至于召者可避也、
  • 413,597,51,70ぬ、
  • 795,572,72,596〔かけろふの日記〕
  • 265,573,74,364〔尊卑分脈〕
  • 1705,569,74,356〔侍中群要〓
  • 1583,587,55,220公卿假文
  • 1854,586,66,1899昨日夜、左京大夫遠基朝臣死去、是當今舅氏也、如此之時例、可尋聞者也、
  • 671,598,59,162かくて
  • 674,854,54,294つきたちぬ、
  • 309,982,39,122藤原氏
  • 263,983,42,79北家
  • 703,1193,41,77○中
  • 1706,974,38,81假文
  • 660,1191,40,38
  • 1750,974,37,37
  • 656,763,37,35
  • 1502,225,39,213親族ノ公卿
  • 1457,225,40,213等假文ヲ上
  • 282,232,40,82世系
  • 1418,229,32,29
  • 138,648,43,421天延二年五月二十七日
  • 152,2455,39,77五九

類似アイテム