『大日本史料』 1編 18 天元 3年 7月~4年10月 p.181

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喜五年の撰也、其比主上廿二歳にてまします、此御年はひにてかやうの秀句よませ給, の時の道人にて常に髮をそらす、世人翁といふと也、又仙人なりといへる説もあり、, 風は寒けれと行衞しらねはわひつゝそゐる、殘二首こゝにしるすに及す、古今集は延, 也、彼信皇子之説者、以四宮川原也、帝王第四之宮所流離之地也、仍以逢坂爲王, ふへき皇子おはします事有まし、されは延喜の皇子といふ事信用しかたし、仁明天皇, 彈琵巴之人非〓丸云、予謂、當時有徳之士屏迹於逢坂、寓懷於和歌、自晦其光者, 喜第四の皇子といへるはいかゝ、不審也、古今集に〓丸の歌三首入たり、逢坂の嵐の, 逢坂關の明神は〓丸也、庵の内に琵琶を抱、うき世のちりを遁れたのしめると也、延, 喪明、即〓丸也、帝棄置之于王坂、〓丸善彈琵琶云々、〓丸之爲皇子未考、或曰、, 按、世俗以〓丸爲醍醐帝皇子、其説曰、帝貶菅右丞相於宰府、其寃抂之憤令帝子, 村雨や花をふらする琵琶の曲, 〔京童跡追〕一, 關明神, 坂、與〓丸相附説不可信之甚也、, 天元三年九月二十八日, 〓丸ハ隱士, 依リテ失明, 道眞ノ靈ニ, ストノ説, ナリトノ説, 〓丸ハ菅原, 天元三年九月二十八日, 一八一

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  • 〓丸ハ隱士
  • 依リテ失明
  • 道眞ノ靈ニ
  • ストノ説
  • ナリトノ説
  • 〓丸ハ菅原

  • 天元三年九月二十八日

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  • 一八一

注記 (23)

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