『大日本史料』 1編 18 天元 3年 7月~4年10月 p.183

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四宮是謂〓丸宮者、是謬傳也、古諸羽作兩羽、然則天兒屋根命并太玉命而爲左右扶翼, 位、木幡にすめる盲僧にひはを習ふとあるを混して、あやまり侍るにやと、扶桑隱逸, 神をまつりて、關の明神と號す、奧州白川の關にも關の明神あり、橋にも所々橋姫の, 傳等に論せり、博雅三位は延喜天皇の孫なり、時代大に相違せり、, 神祠あり、市には市神をまつり、野には野守の神あり、山には山祇をまつる、後附會, 江州關の明神を〓丸の靈といふも如何、凡そ關門ある所に、いにしへは必鎭關の爲に, 皇子といへる説は、いよ〳〵あやまり也、古今集に此人の歌入り、延喜五年に古今集, 諸羽大明神在四宮村、山階十八卿内之第四宮也、俗謂〓丸延喜第四宮也、此社依稱, 〔鹽尻〕, 又博雅三位の〓丸に琵琶を習ふといふ事も非也、小世繼等に、博雅三, を撰へるとき、醍醐帝御歳わつかに二十三歳にならせ給ふを以て、あやまりとしるへ, しと云々、, 〔雍州府志〕, 説なるもの多し、, 二光院殿の御説にいはく、世人〓丸を盲目といふはあやまりなり、, 又延喜帝の, 四十一三, ○百卷本, 宇治郡, ○中, 三神社門下, 略, ○中, 略, 關明神ハ處, 諸羽大明神, 世ニ〓丸宮, 々ニ在リ, 後人ノ附會, ト稱ス, 説, 天元三年九月二十八日, 八三

割注

  • 四十一三
  • ○百卷本
  • 宇治郡
  • ○中
  • 三神社門下

頭注

  • 關明神ハ處
  • 諸羽大明神
  • 世ニ〓丸宮
  • 々ニ在リ
  • 後人ノ附會
  • ト稱ス

  • 天元三年九月二十八日

ノンブル

  • 八三

注記 (33)

  • 278,687,70,2186四宮是謂〓丸宮者、是謬傳也、古諸羽作兩羽、然則天兒屋根命并太玉命而爲左右扶翼
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