『大日本史料』 1編 24 寛和元年是歳~2年6月 p.453

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けてそまもり申ける、, ありさま、ことのほかにあえなくおはしましき、さるは、御心いとなさけなくおそろ, みしく侍しことそかし、頭になりておとろきよろこひたまふへきならねと、あるへき, 花山院御事在位二年、, しおろしたてまつり給へり、, 道兼奉從之、先之密奉劍璽於春宮、翌日、招權僧正尋禪剃御頭、法名入覺、, ことにてあるに、粟田殿、花山院すかしおろしたてまつり、左衞門督、小一條院すか, なとにては、もしをして人なとやなしたてまつるとて、一尺許のかたなともをぬきか, みかと・春宮の御あたりちかつかてありぬ, 一、右大臣道兼, 廿寛和二年六月廿六日、丑刻許、密々出禁中、向東山花山寺出家、左少辨藤原, (裏書)諱師貞, へきそうといふ事のいてきにしそ、いと希有に侍きな、〓中されは、この粟田殿の御, 〔大鏡〕〓東松了養氏本, 〓中又、あはた殿の三郎、前頭中將兼綱の君、〓中この君の、頭とられたまし、いとい, 兼隆〓藤, 道兼, 〔大鏡〕, 廿又、あはた殿の三郎、前頭中將兼綱の君、, 「されは、この粟田殿の御, ○中, 日ノ第一條參看、, ○寛仁元年八月九, ○中, ○中, 略, 略, ○東松了〓氏本, ○中, ○中, 略, 略, 四, ○中, 略, 近侍ヲ憚カ, 後ニ道兼等, ラル, 寛和二年六月二十三日, 四五三

割注

  • 日ノ第一條參看、
  • ○寛仁元年八月九
  • ○中
  • ○東松了〓氏本

頭注

  • 近侍ヲ憚カ
  • 後ニ道兼等
  • ラル

  • 寛和二年六月二十三日

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  • 四五三

注記 (40)

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