『大日本史料』 2編 7 寛弘8年7月~長和2年10月 p.167

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前介と聞え給へりしをりの五・條の家にて、むまれさせ給へり、おなし年七, るにや、紫宸殿にて其禮ありき、二年はかりして讓國、六十三歳おはしまし, 皇子也、御母皇后宮安子と申き、右大臣師輔のおとゝの第一のむすめ、この, 〔大鏡〕上六十三代、, 事二年、寛弘八年辛亥十月廿四日、御歳六十にて、かくれおはしましけるを、, おはしましけれは、即位の時、大極殿に出給ふ事もたやすかるましかりけ, 月廿三日、東宮にたゝせ給ふ、應和三年癸亥二月廿八日御元服、御歳十四、康, 保四年丁卯五月廿五日、御歳十八にて、位につかせ給ふ、よをたもたせ給ふ, 后女御四人、御子九人、, つきのみかと、冷泉院天皇と申き、御いみなのりひら、これ村上天皇第二の, 三條院位につかせ給としにて、大嘗會なとののひけるをそ、おりあしとよ, 〔神皇正統記〕, の人申ける、, みかと天暦四年〓戌五月廿四日、在衡のおとゝのいまた從五位下にて、備, 中宮藤原の安子、右大臣師輔の女なり、丁卯年即位、戊辰に改元、此天皇邪氣, 第六十三代冷泉院、諱は憲平、村上第二の御子、御母は, 書謝尊號, 〓テ補訂ス、, )八卷本ヲ, 融院紀、, ○以上圓, 冷泉, 年、, 治一, 院, テ御降誕, 條第ニ於, 在衡ノ五, アラセラ, 寛弘八年十月二十四日, 一六七

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  • 〓テ補訂ス、
  • )八卷本ヲ
  • 融院紀、
  • ○以上圓
  • 冷泉
  • 年、
  • 治一

頭注

  • テ御降誕
  • 條第ニ於
  • 在衡ノ五
  • アラセラ

  • 寛弘八年十月二十四日

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  • 一六七

注記 (31)

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