『大日本史料』 2編 10 長和5年3月~7月 p.337

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

氏の間と名つけて、式部か畫像を書、このころやうの机・硯なとを設けたるは、い, の式部か筆をたてしむかしの事、或説なから語り傳へたると、書給へるは、うけか, は生れさる前の事なるへしといへり、冷泉院安和二年より寛弘元年まては三十六年, まれて侍らまし、をさなきより西宮殿になれ奉るといふは、年次をもわきまへぬ無, なり、紫日記を以て思ふに、安和の頃式部たとひ生れたりとも、いまた襁褓につゝ, つれの世の何人の好事にや、, 磨・明石より書はしめたりとは、式部か心のうちなり、それを後の人はいかに知り侍, る坊に逗留して、其事をたつねさくり侍りしに、はやくそらことにてそ侍し、但源, 臣か提要といふものにも、西宮殿の左遷のころは、式部はをさなかるへき歟、もし, かき程、この河海の説を信して、かの自筆の般若見まほしくて、石山にてあひしれ, 下のそらことなり、石山參籠の事は、稱名院内府も、八月十五夜、石山寺にて、か, りけんと、獨笑せられ侍る、たゝ桐壺より次第にかきくたしたりと見るへし、爲章わ, ひ給はぬ筆樣なり、物語の風情そらにうかひけるまゝに、わすれぬさきにとて、須, めれと、おほしき事いはねは、腹ふくるゝわさなれは、筆にまかせ侍る、源範政朝, 石山寺起筆, 〓シテ左遷, 説ハ時代相, ヲ嘆クトノ, 説ヲ駁ス, 違ス, 源高明ニ親, 長和五年四月二十九曰, 三三七

頭注

  • 石山寺起筆
  • 〓シテ左遷
  • 説ハ時代相
  • ヲ嘆クトノ
  • 説ヲ駁ス
  • 違ス
  • 源高明ニ親

  • 長和五年四月二十九曰

ノンブル

  • 三三七

注記 (23)

  • 390,670,64,2085氏の間と名つけて、式部か畫像を書、このころやうの机・硯なとを設けたるは、い
  • 1128,663,68,2095の式部か筆をたてしむかしの事、或説なから語り傳へたると、書給へるは、うけか
  • 1625,657,67,2099は生れさる前の事なるへしといへり、冷泉院安和二年より寛弘元年まては三十六年
  • 1375,664,65,2092まれて侍らまし、をさなきより西宮殿になれ奉るといふは、年次をもわきまへぬ無
  • 1498,657,66,2095なり、紫日記を以て思ふに、安和の頃式部たとひ生れたりとも、いまた襁褓につゝ
  • 269,672,56,687つれの世の何人の好事にや、
  • 883,663,66,2104磨・明石より書はしめたりとは、式部か心のうちなり、それを後の人はいかに知り侍
  • 511,668,66,2095る坊に逗留して、其事をたつねさくり侍りしに、はやくそらことにてそ侍し、但源
  • 1749,656,66,2101臣か提要といふものにも、西宮殿の左遷のころは、式部はをさなかるへき歟、もし
  • 638,667,63,2097かき程、この河海の説を信して、かの自筆の般若見まほしくて、石山にてあひしれ
  • 1251,664,65,2096下のそらことなり、石山參籠の事は、稱名院内府も、八月十五夜、石山寺にて、か
  • 762,666,64,2095りけんと、獨笑せられ侍る、たゝ桐壺より次第にかきくたしたりと見るへし、爲章わ
  • 1004,669,66,2093ひ給はぬ筆樣なり、物語の風情そらにうかひけるまゝに、わすれぬさきにとて、須
  • 1875,659,63,2099めれと、おほしき事いはねは、腹ふくるゝわさなれは、筆にまかせ侍る、源範政朝
  • 1292,225,43,211石山寺起筆
  • 1752,223,43,210〓シテ左遷
  • 1665,219,44,217説ハ時代相
  • 1710,225,38,208ヲ嘆クトノ
  • 1250,223,40,165説ヲ駁ス
  • 1623,222,41,82違ス
  • 1794,220,44,214源高明ニ親
  • 168,721,46,423長和五年四月二十九曰
  • 174,2359,43,124三三七

類似アイテム