『大日本史料』 2編 12 寬仁元年7月~11月 p.107

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このきはに故式部卿, 寛仁元年八月九日辭退、, 小一條院敦明、御事, 他戸親王, いかなることにか、, み給へりなと申こそ、さらによもとおほゆれ、いとさはかりの事に和哥のすちおほしよ, ゝもこそはへれ、おはします人の御事申、便なきことなりかし、, 道祖親王, らしかし。御心のうちにはをのつからのちにもおほえさせ給やうもありけめと、人のき, の宮の御事有けりといふ、そら事也、なにゆへあることにもあらなくに、むかしのこと, 雲井まてたちのほるへきけふりかと見えしおもひのほかにもあるかなといふうた、よ, ゝつたふるはかりはいかゝ有けんといへは、おきな、けにそれはさることにはへれと、, 昔もいみしきことのおり、かゝることいとおほくこそきこえはへりしかとてさゝめくは、, 廢太子事九人可勘之、, 長和五年正月廿九日立春宮、, (裏書), 在後拾遺抄第十七, コトニカヽル、十一月二十二日ノ第二條ニ收ム, ○中略、小一條院、道長ノ女藤原寛子ヲ娶リ給フ, 年廿, 寶字元年廢之、, 光仁天皇々子、寶龜二年立之、, 同三年廢之, 天武天皇孫、一品新田部皇子男、天平勝寶八年立之、, ○上, 四、, 略, 〔三〕, 東宮廢位ノ, 例, 寛仁元年八月九日, 一〇七

割注

  • コトニカヽル、十一月二十二日ノ第二條ニ收ム
  • ○中略、小一條院、道長ノ女藤原寛子ヲ娶リ給フ
  • 年廿
  • 寶字元年廢之、
  • 光仁天皇々子、寶龜二年立之、
  • 同三年廢之
  • 天武天皇孫、一品新田部皇子男、天平勝寶八年立之、
  • ○上
  • 四、
  • 〔三〕

頭注

  • 東宮廢位ノ

  • 寛仁元年八月九日

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  • 一〇七

注記 (32)

  • 1282,2313,57,499このきはに故式部卿
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