『大日本史料』 2編 15 寬仁3年10月~4年7月 p.325

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〔續本朝往生傳〕一條天皇者、圓融院之子也、, 一條院うせさせたまひてのち、, 實折誓言, せ給て、さはかりうつくしき御くしを、てつから尼になしたてまつり給に、, とおほしけるほとに、御めにまことなりけりとみたまふてけれは、いみしうむつから, なりもていく、あやしうひか〳〵しきことによの人も思きこえたり、, も〳〵おはしねとあれは、女御の御めのとのあるは、, いひさはくほとに、そのゝちもなをしのひつゝかよひ給けれは、そのたひは、いつち, 僧都といふ人のくるまやとりなり、そのいゑにわたり給ぬ、宰相もさるへきにこそと, おもひつゝ、をろかならすかよひきこえ給ほとに、をのつから御くしなともめやすく, 雲客則實成・頼定・相方・明理、, うきことかすしらすみえたり、あさましうあやしきことに、よ人も殿のうちにも、, 皆是天下之一物也、, 時之得人也、於斯爲盛、, 女御・更衣の御ありさまと, も、さま〳〵にきこゆるに、承香殿の女御に、故式部卿宮の源宰相頼定の君、しのひ, つゝかよひきこえ給ほとに、右のおとゝきゝ給て、まことそらことあらはしきこえん, 元子右大臣顯光一女爲平村上第四皇子、母同冷泉院、件頼定卿又往, 條參, のとこのもとゝあるはニ作ル、, ○御めのと以下八字、富岡本、め, 十月十一日ノ, ス、藤原顯光、同, ○長和元年閏, ○富岡本ヲ以テ校, 元子ニ對顏ヲ許スコト、長和五年四月二十一日ノ第一條ニ、頼定、元, ○一條天皇崩御ノコト、寛弘, ○中, 看、, 子ト共ニ顯光ノ堀河第ヲ去ルコト、寛仁三年四月十日ノ第二條ニ見ユ、, 八年六月二十二日ノ條ニ見ユ, ○中, ○中, 略, 略, 略, 年密通東宮三條院女御尚侍綏子、兼家三女、顯光, 元子右大臣顯光一女爲平村上第四皇子、母同冷泉院、件頼定卿又往, 頼定ナホ元, テ元子ヲ尼, 顯光激怒シ, 子ノ許ニ通, 高名ノ雲客, ト爲ス, フ, 寛仁四年六月十一日, 三二五

割注

  • 條參
  • のとこのもとゝあるはニ作ル、
  • ○御めのと以下八字、富岡本、め
  • 十月十一日ノ
  • ス、藤原顯光、同
  • ○長和元年閏
  • ○富岡本ヲ以テ校
  • 元子ニ對顏ヲ許スコト、長和五年四月二十一日ノ第一條ニ、頼定、元
  • ○一條天皇崩御ノコト、寛弘
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  • 子ト共ニ顯光ノ堀河第ヲ去ルコト、寛仁三年四月十日ノ第二條ニ見ユ、
  • 八年六月二十二日ノ條ニ見ユ
  • 年密通東宮三條院女御尚侍綏子、兼家三女、顯光
  • 元子右大臣顯光一女爲平村上第四皇子、母同冷泉院、件頼定卿又往

頭注

  • 頼定ナホ元
  • テ元子ヲ尼
  • 顯光激怒シ
  • 子ノ許ニ通
  • 高名ノ雲客
  • ト爲ス

  • 寛仁四年六月十一日

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  • 三二五

注記 (47)

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