『大日本史料』 2編 29 長元2年10月~同3年7月 p.28

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延木孫、圓融院同所リテ養レテおひたちたる人なり、康子内親王、公季母一ハ、九條殿ハ, てかたり侍しなり、頭中將顯十のきみの御わかきみおはすとかな、五十日をは、四條に, ける、みなほゝゑいみたまひけれ、なかにも四位少將〓國のきみは、つねにおもひいてゝ, よ〳〵と、おなし事を啓させ給ける、あはれなるものから、おかしくなんありしとこそ、, も、さてありしと、太政大臣殿のたまはせけるにこそ、さるへき人〳〵まいりたまへり, わたしきこえて、太政大臣殿こそくゝめさせたまけれ、御舅の衞門督そいたきイ」え給, へるに、このわかきみのなきたまへは、例はかくもむつからぬに、いかなれはかゝらん, しのひやかにあはせ給たりけれハ、延木聞付テ、藤より令退出給了、而後一、大〓の, こそ、いまにわらひたまふなれ、かやうにあまりこたいにそおはしますへき、むかしの, 宮おはせられけれ、重木かめゐのむすめの、中つかさのめのとのもとに侍か、まうてき, 久安〓年八月十一日、朝候御前、, 御わらはなは、宮雄君とこそは入しか、, と、石衞門督たちゐなけくさめにき」え給けれは、をのつから兒はさこそはあれ、まし, 〔中外抄〕〓柯田家本, 仰云、, 公季太政大臣の無止人ニテあるなり、, 資覊, 之間也, 御き〓与, 〇中, 日ノ〓〓, 資綱ノ王十, 季曾孫源, ラ食セシム, 幼名宮雄君, 長元二年十月十七日, 二八

割注

  • 之間也
  • 御き〓与
  • 〇中

頭注

  • 日ノ〓〓
  • 資綱ノ王十
  • 季曾孫源
  • ラ食セシム
  • 幼名宮雄君

  • 長元二年十月十七日

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  • 二八

注記 (27)

  • 215,339,30,1141延木孫、圓融院同所リテ養レテおひたちたる人なり、康子内親王、公季母一ハ、九條殿ハ
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