Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
に出てさせたまひて、永承六年十一月, しおろさせ給ひし同し日、やかて同しやうにならせ給ひし、いとあはれに, 皇后宮にたち給ふ、延久五年四月廿一日、御くしおろさせ給ひき、院の御く, 延久五年四月二十一日、甲午、太上皇由御惱重、出家, 後三條の院東宮に, この后のうみたてまつりたまへる姫宮章子内親王, 八日入春宮、二十三、延久元年七月三日、丁卯、爲皇后號中宮職、號西院皇后宮、, おはしましゝ女御にまいらせたまひき、御とし廿三、承保元年六月廿二日, 如元、寛治七年九月四日崩、年六十五、, 承保元年六月二十二日爲皇后、延久五年四月二十一日落飾爲尼、後宮, はらにおはします、長元四年に賀茂のいつきにて、同九年, と申し、二條院と申すこの御事なり、, 年□〓月□〓日爲齋院准三宮、同九年四月十七日退齋院、永承六年十一月, 馨〓子の内親王と申すも、又同し御, 宮威子と申しき、, 入道、同日中宮落飾爲尼、, 〔一代要記〕皇后馨子内親王母皇后藤威子、前太政大臣道長四女長元四, 〔今鏡〕, 。ふなみの上入道おとゝの第四の御むすめ、後一條院の中, 〔扶桑略記〕, ○永承六年十一, 月八日ノ條參看, ○長元九年四月, 十七日ノ條參看、, 白河天皇, ○以, 上四, ふちなみ, 三十, ○中, ○中, 略, 略, 御落飾, 中宮職, 皇后, 東宮女御, 寛治七年九月四日, 九九七
割注
- ○永承六年十一
- 月八日ノ條參看
- ○長元九年四月
- 十七日ノ條參看、
- 白河天皇
- ○以
- 上四
- ふちなみ
- 三十
- ○中
- 略
頭注
- 御落飾
- 中宮職
- 皇后
- 東宮女御
柱
- 寛治七年九月四日
ノンブル
- 九九七
注記 (39)
- 624,640,63,1122に出てさせたまひて、永承六年十一月
- 287,637,65,2190しおろさせ給ひし同し日、やかて同しやうにならせ給ひし、いとあはれに
- 394,631,68,2197皇后宮にたち給ふ、延久五年四月廿一日、御くしおろさせ給ひき、院の御く
- 1321,1343,66,1487延久五年四月二十一日、甲午、太上皇由御惱重、出家
- 631,2273,59,553後三條の院東宮に
- 979,1274,59,1554この后のうみたてまつりたまへる姫宮章子内親王
- 1661,636,69,2202八日入春宮、二十三、延久元年七月三日、丁卯、爲皇后號中宮職、號西院皇后宮、
- 509,638,66,2191おはしましゝ女御にまいらせたまひき、御とし廿三、承保元年六月廿二日
- 1431,637,62,1063如元、寛治七年九月四日崩、年六十五、
- 1545,767,68,2059承保元年六月二十二日爲皇后、延久五年四月二十一日落飾爲尼、後宮
- 742,635,64,1700はらにおはします、長元四年に賀茂のいつきにて、同九年
- 854,638,66,1062と申し、二條院と申すこの御事なり、
- 1785,646,62,2183年□〓月□〓日爲齋院准三宮、同九年四月十七日退齋院、永承六年十一月
- 863,1844,60,987馨〓子の内親王と申すも、又同し御
- 969,631,58,491宮威子と申しき、
- 1198,629,60,706入道、同日中宮落飾爲尼、
- 1870,587,105,2239〔一代要記〕皇后馨子内親王母皇后藤威子、前太政大臣道長四女長元四
- 1057,584,109,204〔今鏡〕
- 1094,924,66,1906。ふなみの上入道おとゝの第四の御むすめ、後一條院の中
- 1291,591,105,374〔扶桑略記〕
- 661,1773,42,474○永承六年十一
- 616,1775,43,480月八日ノ條參看
- 779,2353,43,477○長元九年四月
- 736,2356,43,483十七日ノ條參看、
- 1302,993,43,256白河天皇
- 1575,638,39,111○以
- 1532,641,38,106上四
- 1073,857,37,238ふちなみ
- 1348,1003,39,101三十
- 889,1706,43,115○中
- 999,1136,43,109○中
- 847,1710,38,39略
- 956,1137,39,39略
- 1525,282,43,126御落飾
- 1669,286,44,123中宮職
- 1574,283,36,81皇后
- 505,281,43,166東宮女御
- 181,720,45,339寛治七年九月四日
- 195,2422,42,122九九七







