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六立太后及び立后, あらせられ、大宮と稱せられた。即ち後の英照皇太后に渡らせられる。, 殆んど廢絶し、天皇の御嫡妻は多くは女御であらせられ、近世に於いて後水尾, 天皇・靈元天皇・東山天皇・光格天皇が中宮を立て給うたのが稀有の例であつた。, 初め御父帝孝明天皇は、天皇が漸く御成長遊ばされたので、故左大臣一條忠香, を表し奉り、東京・京都を始め、市民は各其の業を休んで、聖壽の萬歳、寶祚の無窮, を奉祝したのであつた。後五年十二月太陽暦の施行せられるに及び、十一月, 尋いで、天皇は皇后册立の盛典を御復興遊ばされた。中世以降立后の事は、, 明治元年三月十八日、天皇は母后にまします准后九條夙子を皇太后に册立, 三日を以て其の日と改めさせられた。, 諸砲臺は二十一發の禮砲を放ち、諸港在泊の各國軍艦も亦禮砲を發して祝意, 又京都に留まつた群臣・大總督〓下の諸兵及び各國領事等にも祝酒を賜り、, 第二卷第, 四〓第一, 節參照, 章第一, 立后の復, 使臣の賜, 奉祝, 群臣外國, 興, 宴國民の, 立太后, 第一章明治天皇の御親政第二節大典の擧行, 三七三
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- 第二卷第
- 四〓第一
- 節參照
- 章第一
頭注
- 立后の復
- 使臣の賜
- 奉祝
- 群臣外國
- 興
- 宴國民の
- 立太后
柱
- 第一章明治天皇の御親政第二節大典の擧行
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- 三七三
注記 (25)
- 1177,977,58,613六立太后及び立后
- 945,552,61,2126あらせられ、大宮と稱せられた。即ち後の英照皇太后に渡らせられる。
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- 369,547,68,2322初め御父帝孝明天皇は、天皇が漸く御成長遊ばされたので、故左大臣一條忠香
- 1639,549,59,2320を表し奉り、東京・京都を始め、市民は各其の業を休んで、聖壽の萬歳、寶祚の無窮
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