『維新史』 維新史 2 p.5

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翌日女御に立て給うた。これが後の英照皇太后である。, 早く此の時に胚胎したといふべきであらう。, と記してゐるが、後年率先して王政復古の大業を畫策するに至つた所以のもの、, を壽ぎ奉つたのであつた。御一世御一度の大典はここにめでたく終了したの, である。次いで十二月十五日には左大臣九條尚忠の女夙子を入内せしめられ、, げさせられ、次いで辰日節會・巳日節會・豐明節會等の御儀あり、群臣は聖壽の萬3, 嘉永と改元の旨が布告せられた。幾ばくもなく大嘗會國郡のト定あり、悠紀を, 近江國甲賀郡、主基を丹波國桑田郡と定められ、同年十一月二十一日大嘗會を擧, 之後。儀容嚴整、肅然改容。此間不可説。八鼓後儀畢。七鼓公退到館。賜飯, 大禮に引續いて行はせらるべき改元定は、幾ばくもなく皇太后新朔平門院, の爲に、翌年春に延期させられたが、弘化五年二月二十八日に至り, 將公出。休神嘉殿西。五鼓後儀始。四鼓次將公列庭。予等自無名門入、列公, 二十三日。蓐食〓野宮。夜未明。著闕腋弓箭。雨大下、暫而止。天已明。次, 崩御, 及酒而還。, 政熙の, 女祺子, 月十日, 同年十, 鷹, 司, 第一章朝權の伸張第一節孝明天皇, 五

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  • 政熙の
  • 女祺子
  • 月十日
  • 同年十

  • 第一章朝權の伸張第一節孝明天皇

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注記 (23)

  • 351,566,56,1614翌日女御に立て給うた。これが後の英照皇太后である。
  • 1282,562,54,1278早く此の時に胚胎したといふべきであらう。
  • 1388,561,57,2288と記してゐるが、後年率先して王政復古の大業を畫策するに至つた所以のもの、
  • 581,565,59,2270を壽ぎ奉つたのであつた。御一世御一度の大典はここにめでたく終了したの
  • 463,564,58,2287である。次いで十二月十五日には左大臣九條尚忠の女夙子を入内せしめられ、
  • 696,564,59,2276げさせられ、次いで辰日節會・巳日節會・豐明節會等の御儀あり、群臣は聖壽の萬3
  • 926,559,60,2283嘉永と改元の旨が布告せられた。幾ばくもなく大嘗會國郡のト定あり、悠紀を
  • 810,563,62,2278近江國甲賀郡、主基を丹波國桑田郡と定められ、同年十一月二十一日大嘗會を擧
  • 1615,629,57,2206之後。儀容嚴整、肅然改容。此間不可説。八鼓後儀畢。七鼓公退到館。賜飯
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