『大日本史料』 4編 2 文治3年9月~建久元年1月 p.92

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からず、, を潛に拜見したる者三人也、中尊寺看主淨心院, 元祿十二年八月日, と、何れも長并人乞り大きなり、いつれも結跏趺座也、清衡御死骸、基衡御死, 骸、秀衡御死骸と、唐やうにて棺に書付あり、右少しも虚言にあらず、必疑べ, 直垂袴也、印き三代各別也、面體、何れも常の人に異ならず、小鼻ひしげたり, 御役人を下され、別に假屋を建て、佛像并に棺をうつし置たり、此時右の屍, 己卯の歳、仙臺より破損修復あり、御作事奉行は遠藤四五右衞門、ならひに, 右三代の棺首桶ともに、布をかけ、堅地にぬりたり、三代、何れも白裝束錦の, 記しおく事、左のごとし, 隣村の, 小島村天台宗滿福寺住持快尊、中尊寺衆徒の中櫻本坊也、此人々の物語を, 右之通申來候に付、仙岳院え申遣、中尊寺くり書上候に付、左之通申登之、」, 或覺書, 座候哉、, 若是に似寄たる事も, 有之候哉、左候はヾ其樣子承度事に候、件の所は仙臺領の内にては無御, 仙臺金石志, 是僧ノ名二シテ、寺, ○中略、上ノ南留別志, 談ノ文ヲ載セタリ, 僧ノ死ヲ記ス、, ○下略、三人ノ, 院ノ號ニハ非ズ、, 名蹟四, ○中, 略, 六, 文治三年十月二十九日, 九二, 文治三年十月二十九日

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  • 是僧ノ名二シテ、寺
  • ○中略、上ノ南留別志
  • 談ノ文ヲ載セタリ
  • 僧ノ死ヲ記ス、
  • ○下略、三人ノ
  • 院ノ號ニハ非ズ、
  • 名蹟四
  • ○中

  • 文治三年十月二十九日

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  • 九二
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