『大日本史料』 4編 6 正治元年1月~建仁元年3月 p.448

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てみるに、わつかなる草の庵のうちに、獨乃僧あり, 遠からす、峠と云所にいたりて, 將軍二代の恩に〓り、武勇三略の名を得たり、かたはらに人なくそ見えけ, 行修行のついでに、みまいらせて、よしや君昔の玉の床とてもかゝらむの, はあふねとも、心ある旅人は、こゝにもなみたをやおとすらむ、か乃梶原は, 是も又ふるきつかとなりなは、名たにも殘らしとあはれ也、羊太傳か跡に, おもむかせ給ひて、かの志戸と云處にてかくれさせ御座しける御跡を、西, る、いかなることにかあり老ん、かたへの憤ふかくして、たちまちに身をほ, ろほすへきになりに〓れは、ひとまとものひんとやおもひ〓む、都のかた, すさみ給へりとん、年々に春の草乃み生たりといへる詩思ひ〓てられ之、, たかくつみあと之、めにを〓さまなる塚あり、人にたつぬれは、梶原か墓と, なむこたふ、道乃かたはふの土と成にけりとみゆなにも、顯基中納言の口, ちはなにゝかはせんとよめりけるなどう〓給はるに、ましてしもさまの, へはさ乃るりたるほとに、駿河國きかはといふ所にてうたれに苦りとを, 猶うちすくる〓とに、ある木陰に、石を, ゝしか、さはこゝにて有けるよと、哀に思ひあはせらる、讚岐の法皇、配所へ, 此庵のあたり幾程, ○中, ○中, 略、, 略、, 誅セラレ, シトノ説, 吉河ニテ, 景時ノ墓, 正治二年正月二十日, 四四八

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  • ○中
  • 略、

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  • 誅セラレ
  • シトノ説
  • 吉河ニテ
  • 景時ノ墓

  • 正治二年正月二十日

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  • 四四八

注記 (27)

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