『大日本史料』 4編 8 元久元年1月~建永元年4月 p.173

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こゑ〳〵も耳かしかましけれと、御せんの邊はなにとなうしめやかなる, 之、それの先祖に侍けるもの、此川の邊をあやしき舟にのりてわたり侍け, ゝ、柱のたゝすまひのすかた之、されはよとおもひあはせて、取て今に傳へ, に、昔のなからのはしとかやは此わたりなりけんかし、たゝ名計を聞りた, るに、舟にこたへて、ふね俄に動かすかへりけれは、人をおろして水底をさ, の橋の上にゆかふ駒のあしおと、おとろ〳〵しくふみならし、舟よはふ, おとすさまし之うち吹、今更におもひ出て、こよなき所のさま之、わたのへ, くらせけるに、ほり出せる之、こまかにみ侍れは、中にくろかねのしんたて, たりこると申、京へいらせぬて、二三日計有て、此はし柱のきれ參らすとて, きなと申あへり、これは、此りたりの住人瀧口盛房と申男の傳へ持て侍し, べきなと、か〓はわらひ申あへり、御まへに、少將雅經候か、そのはし柱のき, るに、跡をたにみてしかれとおほしめいしり、いつ之をさしてかみえんず, たる木のはしに侍り、なにはかりのしるしにかは、さともおもひしめすへ, れはもちて候ものをと申、京にていそき參らすべきよし仰あり、たゝし朽, かとなく、きよけなる濱つらに、小松原のはえたる緑深ク、みえ渡りて、風の, 殘木ノ由, 長柄橋柱, 來, 元久元年七月十一日, 一七三

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  • 殘木ノ由
  • 長柄橋柱

  • 元久元年七月十一日

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  • 一七三

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