『大日本史料』 4編 9 建永元年5月~承元2年2月 p.512

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官人小松谷, て、法性寺の小御堂に、一夜とゝめたてまつられけり、, くのことくの御義、ゆめ〳〵有へからす候、をの〳〵御返事を申給へから, の弟子に對して、一向專念乃義を乃へ給に、御弟子西阿彌陀佛推參して、か, んとて、勅勘をかふりたまへる上人は御歎いとなかりけるに、禪閤の御悲, 文はしのりといへとも世間の機嫌を存するはかりなりと、上人又の給は, 左右なく申さんもその恐ふかし、連々に御氣色をうかゝひて、勅免を申を, すと申けれは、上人のたまはく、汝經釋乃文を見すやと、西阿申さく、經釋の, を申とゞめざる事、いきて世にあるかひなけれとも、御勘氣のはしめなり, く、われたとひ死刑にをこなはるとも、この事いはすはあるへからすと、至, あさからざりけり、わたてまつる人も心のをきところなき程なり、この事, 人左遷の罪にあたり給ぬる事、いかなる宿業にて、かゝることを見きくら, の御房にむかひて、いそき配所へうつり給へ, 誠乃いろもとも切なり、わたてまつる人みな〓をそおとしける、, こなふへしとぞおほせられたる、, きよしを責申けれは、ついにみやこをいてたまふ、月輪殿御餘波をゝしみ, 上, ○中略、四月五日兼, ○四月五日兼實, 實薨去ノ條ニ收ム, 薨去ノ條參看、, 承元元年二月十八日, 五一二

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  • ○中略、四月五日兼
  • ○四月五日兼實
  • 實薨去ノ條ニ收ム
  • 薨去ノ條參看、

  • 承元元年二月十八日

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  • 五一二

注記 (23)

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