『大日本史料』 4編 9 建永元年5月~承元2年2月 p.627

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餘慶をうけ、おなしく上人の勸化を御信仰ありけり、, て、往生をとげさせ給ぬ、御とし五十八なり、上人左遷のゝち、いく程なくて, この御事きこえけり、御あはれをしはかるへし、後京極殿はさきだゝせ給, ぬ、其御子東山の禪閤、家督にて御あとをうけつかせ給き、月輪殿御歸依の, されけり、同四月五日、御臨終正念にして、念佛數十遍、禪定にいるがどくし, ニ、又服ヲ重ラレバ、任槐之後、四个年マデ、拜賀ヲ不被申事不可然、依之、別テ, 公御服之中ニ、大將ニ任サセ給シ間、除服之期ヲ相待テ、未タ慶ヲ不被申處, 參議正三位藤良平、廿四、六月廿六日復任, 〔公卿補任〕十五權大納言正二位藤良輔四月五日服解、六月廿六日復, 薨去之時、東山殿已ニ御著服有ントセシヲ、去今兩年ノ御著服不然可上、先, 次ニ後京極之攝政御早世之後、月輪殿承元ニ, ○興福寺略年代記、一代要記、北條九代記、皇代暦、攝關補任次第等、異事, 其旨、院宣ヲ下サレシ間、有ヘカリシカトモ其儀ナシ、, 〔太平記, 任、, 四月五日、九條入道關白薨, 〔皇帝紀抄〕, 〔皇帝紀抄〕土御門院四月五日、九條入道關白薨、, 天正本五, 光嚴院御即位事, ○上, 下略、, ○下, 略、, 土御門院, 七, 土七, 道家院宣, 良平復任, 良輔復任, 二ヨリテ, 臨終ノ有, 樣, 著服セズ, 承元元年四月五日, 六二七

割注

  • 天正本五
  • 光嚴院御即位事
  • ○上
  • 下略、
  • ○下
  • 略、
  • 土御門院
  • 土七

頭注

  • 道家院宣
  • 良平復任
  • 良輔復任
  • 二ヨリテ
  • 臨終ノ有
  • 著服セズ

  • 承元元年四月五日

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  • 六二七

注記 (36)

  • 1418,637,66,1580餘慶をうけ、おなしく上人の勸化を御信仰ありけり、
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