『大日本史料』 12編 50 元和八年十一月~同年是歳 p.359

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〔富士谷文書〕, ゝもとし合よく御まへよく候まゝ、御心やすく覺しめし候へく候、それにつき、せ, こんになさせられ候はんとの御ゐこて候、さこん殿はじゆりやうにて候、何かとこ, めい〳〵の御事、めてたくうれしさいく久しくとよろこひ入まいらせ候、せんくま, けんふくを申候事にて候、はやうへさまへも申上候へは、一たん御きけんよく、さ, 任ジ、偏諱ヲ與ヘテ、忠茂ト稱セシム、又、宗茂ヲ、飛騨守二任ズ、, にははかまよきほとに候て、はや〳〵きまいらせ候、此廿三日に、御しろさまにて, 秀忠、筑後柳川城主立花宗茂ノ子千熊丸二、首服ヲ加へ、左近將監ニ, 覺, 左文字之御腰物拜領、拙者は飛彈ニ成候事、, 〔立花文書〕, なを〳〵、さこん殿へも御ねんいり候こそて一かさね、せんくまへもかわはかま、, 一左近けんふくの儀、則申上、其年十二月廿七日、左近ニ成、台徳院樣御下字御書判, 元和八年十二月二十七日, ○上下略、立花宗茂、筑後柳河受封ノコト、同ジク就封ノコト、竝, ○九州大學所藏, ニ參勤スルコトナドニカヽル、全文ハ、九月是月ノ第三條ニ收ム、, 四, 戸城ニテ元, 十三日ニ江, 千熊丸ハ一, 立花宗茂飛, 監ニ任ズ, 宗茂ハ受領, 騨守ニ任ズ, 服セン, 立花忠茂元, 服シ左近將, 元和八年十二月二十七日, 三五九

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  • ○上下略、立花宗茂、筑後柳河受封ノコト、同ジク就封ノコト、竝
  • ○九州大學所藏
  • ニ參勤スルコトナドニカヽル、全文ハ、九月是月ノ第三條ニ收ム、

頭注

  • 戸城ニテ元
  • 十三日ニ江
  • 千熊丸ハ一
  • 立花宗茂飛
  • 監ニ任ズ
  • 宗茂ハ受領
  • 騨守ニ任ズ
  • 服セン
  • 立花忠茂元
  • 服シ左近將

  • 元和八年十二月二十七日

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  • 三五九

注記 (30)

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