『大日本史料』 5編 1 承久3年7月~貞応2年5月 p.112

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りける、其時此所の預りの武士の名をは、さたかに記せしことなし、されは, の御方、たくひなき御物おもひに沈ませ給ふとそ, 遣されしか、おくに御製一首あり、, せ給ひて御慮も安からす、近來崇徳院、安徳天皇皆もつて關東の我意にあ, 首そつかふまつられける, 都より供奉つかふまつりし駕輿丁力者にいたるまて、御餘波おしませ玉, はせ給ひ、今又かゝるおんことなれは、御憤り深く御物思ひも御胸にせま, なからへてたとへは末にかへるともうきは此世の都也けり, りあらせしにや、おほしめしもわかせ給はて、御落〓の中に, とそ、其のち相國よりも、長歌のかへりことせられけるか、おくにこれも一, まして、都のことは申にやおよふ、隱岐御所、阿波の御所の御こと、思召出さ, とそ、折々都より勅問の事とて、御便りともまします中に、御母后修明門院, の眞野の山中に、かたのことくの黒木の御所を補理ひまいらせて、移し奉, ひても、一日二日と留めさせまし〳〵て、長歌を遊はし九條相國道家公へ, いとへとも存命て經る世の中のうきにはいかて春をまつへき, 又天皇、此島にまし, ○中, 略, 黒木御所, 承久三年七月二十日, 一一二

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  • ○中

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  • 黒木御所

  • 承久三年七月二十日

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  • 一一二

注記 (21)

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