『大日本史料』 5編 2 貞応2年6月~嘉禄元年12月 p.130

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より又當院を寂靜院といふ, 年、貞曉上人, あり、一心の字形に似たり、故に又一心院といふ、四坊廢して經智坊といふ, 寺傳にいふ、行勝上人五箇坊を此地に建立す、故に五坊といふ、坊の邊に池, のみ殘る、即當院なり、故に當院を五坊とも、又經智一心院ともいふ、建保五, し、又丈六堂を建立して、右大將の鬢髮を納めし事、歴代編年集成に見ゆ、是, 號高野法印、高野一心院被相傳云々とあり、貞應二年、貞曉又寂靜院を建立, 讓りを受く、仁和寺諸院家記に、法印貞曉號鎌倉法印、又, 頼朝卿, 五男、, 貞應二年是歳, 一三〇

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  • 頼朝卿
  • 五男、

  • 貞應二年是歳

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  • 一三〇

注記 (12)

  • 1125,639,58,852より又當院を寂靜院といふ
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