『大日本史料』 5編 7 寛喜3年10月~貞永元年6月 p.14

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

ろし奉り、茅洞の風秋冷しく、茨山の月影淋しかりき、, 母は承明門院源の在子、内大臣通親の女也、父御門の例にて親王の宣下な, 太子、元久二年正月三日御元服、母承明門院, 九年, 此君ハ、絶タル彗星出テ數夜ウセス、滅テ後又程ナク出ケレハ、サマ〳〵ニ, 御祈祷有テオリサセ給ヒニケリ、御母方ウチタエアラハナル法師ノ孫、位, ニ即セ給フ事ハナシトソ世ニ沙汰シケル、サレトモ御位ハ十年ニモアマ, 海の清濁をわかさるゆへに、今上陛下の帝運未たきはまり給はさるをお, し、立太子の義はかりにて、則踐祚あり、戊午年即位、己未に改元、天下を治め, 變異なく、雨降時をあやまたす、國おさまり民ゆたか也、太上天皇威徳自在, の樂にほこりて、萬方の撫育をわすれ給ひ、又近臣寵女の諫つよくして、四, 諱爲仁、建久九年正月十一日受禪、四無立坊、承元四年十一月日〓展、後鳥羽, 〔神皇正統記〕第八十三代第四十五世土御門院、諱は爲仁、後鳥羽の太子、御, 〔六代勝事記〕阿波院天皇は、隱岐院第一子、御母承明門院, 三月三日、四歳にして位につき給へり、凡在位十二年のあひた天地, リニケリ、, なり、建久, 内大臣通親女、實は能, 内府通, 親養子, 圓法印娘也、〇中略, 戌, 午, 法師ノ孫, 圓法印ノ, 御治世中, 御母ハ能, 天地ノ變, 即位ノ例, ナシ, 異ナシ, 女, 寛喜三年十月十一日, 一四

割注

  • 内大臣通親女、實は能
  • 内府通
  • 親養子
  • 圓法印娘也、〇中略

頭注

  • 法師ノ孫
  • 圓法印ノ
  • 御治世中
  • 御母ハ能
  • 天地ノ變
  • 即位ノ例
  • ナシ
  • 異ナシ

  • 寛喜三年十月十一日

ノンブル

  • 一四

注記 (34)

  • 557,642,59,1563ろし奉り、茅洞の風秋冷しく、茨山の月影淋しかりき、
  • 322,635,61,2205母は承明門院源の在子、内大臣通親の女也、父御門の例にて親王の宣下な
  • 1720,634,62,1280太子、元久二年正月三日御元服、母承明門院
  • 1023,637,56,123九年
  • 1604,638,62,2187此君ハ、絶タル彗星出テ數夜ウセス、滅テ後又程ナク出ケレハ、サマ〳〵ニ
  • 1484,640,66,2200御祈祷有テオリサセ給ヒニケリ、御母方ウチタエアラハナル法師ノ孫、位
  • 1367,652,64,2172ニ即セ給フ事ハナシトソ世ニ沙汰シケル、サレトモ御位ハ十年ニモアマ
  • 674,634,60,2197海の清濁をわかさるゆへに、今上陛下の帝運未たきはまり給はさるをお
  • 205,641,62,2189し、立太子の義はかりにて、則踐祚あり、戊午年即位、己未に改元、天下を治め
  • 904,632,61,2204變異なく、雨降時をあやまたす、國おさまり民ゆたか也、太上天皇威徳自在
  • 790,641,60,2197の樂にほこりて、萬方の撫育をわすれ給ひ、又近臣寵女の諫つよくして、四
  • 1832,635,70,2209諱爲仁、建久九年正月十一日受禪、四無立坊、承元四年十一月日〓展、後鳥羽
  • 425,578,88,2266〔神皇正統記〕第八十三代第四十五世土御門院、諱は爲仁、後鳥羽の太子、御
  • 1125,581,88,1762〔六代勝事記〕阿波院天皇は、隱岐院第一子、御母承明門院
  • 1018,832,63,2005三月三日、四歳にして位につき給へり、凡在位十二年のあひた天地
  • 1267,645,41,274リニケリ、
  • 1136,2568,56,272なり、建久
  • 1749,1930,42,616内大臣通親女、實は能
  • 1167,2363,40,181内府通
  • 1122,2361,40,184親養子
  • 1706,1930,41,538圓法印娘也、〇中略
  • 1052,785,43,39
  • 1013,786,34,38
  • 1524,283,42,171法師ノ孫
  • 1729,286,41,161圓法印ノ
  • 1071,280,41,170御治世中
  • 1771,282,42,171御母ハ能
  • 1025,283,43,168天地ノ變
  • 1480,282,40,171即位ノ例
  • 1441,285,32,71ナシ
  • 981,280,42,119異ナシ
  • 1686,284,38,37
  • 1956,713,46,392寛喜三年十月十一日
  • 1953,2442,40,68一四

類似アイテム