『大日本史料』 5編 26 宝治2年正月~同年9月 p.95

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最勝四天王院へ御幸なり侍、, いとゝしく心にあまるなかめ哉いかにそいはんあまのはし立, ひよらさりつる人々のこゝろ、いとはつかしなから、まことにさるへしとて、通光はい, しきしかたの名所をたいにて、御製をはしめて、をのをのつかうまつらんと申給、おも, あはれなりひとりまちする狩人のかへる山路のあけほのゝ空, しらかわのみゆきは、はなのさかりのみやはとて、承久のはしめ神無月の十日ころに、, 右兵衞督公雅, 内大臣通光、四天王院のみゆきには、御たうのはへ侍らんことやよく侍らん、御障子の, 土御門, 〔承久元年最勝四天王院御幸和歌〕最勝四天王院名所障子和歌, かへるやま, つれをとかおほせらる、, 中納言則實, 法印、大僧都、, ○中略、後鳥羽上皇、最勝四天王院ニ御幸アラセラレ、名所和歌御會, ヲ行ハセラルヽコトニカヽル、承久元年十月十日ノ第二條ニ收ム, 略, 中, 公眞, 興, 權僧正、興福寺別當、東門院、, 障子和歌ヲ, 詠進ス, 公雅最勝四, 天王院名所, 寶治二年三月二十日, 九五

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  • ○中略、後鳥羽上皇、最勝四天王院ニ御幸アラセラレ、名所和歌御會
  • ヲ行ハセラルヽコトニカヽル、承久元年十月十日ノ第二條ニ收ム
  • 公眞
  • 權僧正、興福寺別當、東門院、

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  • 障子和歌ヲ
  • 詠進ス
  • 公雅最勝四
  • 天王院名所

  • 寶治二年三月二十日

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  • 九五

注記 (27)

  • 1384,628,57,712最勝四天王院へ御幸なり侍、
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