『大日本史料』 6編 2 建武元年10月~延元元年正月 p.211

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と、被急候, 候氣〓と、覺えて候き、されとも、不思議存命候へは、早々罷下、企登山候はん, 候、如何仕候ても、年中企登山、可候御影御實前之由、乍挿心中候、依萬事無力, 愚身者、南部殿御事こう、承度候て、雖尋申、さる御名字は、未承及しと申候、凡, 思之外在京、朝夕併潤袖於悲〓候、いつとても今の□きは、うき身をさらぬ, 此城、以外強候間、路中煩只此一事に候、其外者、諸國靜謐了、女性の御方樣に, 不思議之祕〓己然爲體、東國諸人一同候、雖然難堪者、ロ只殊限愚身等一人に, 抑先此間、何條御事渡らせ坐候哉、便風遠絶之間、久不磬案内之條、大背所望, はす、無勢無申計候、及ぬ其身に候へとも、いたわしとこそ、存候けれ、小田殿、, 度之打手中には、宗々の者少々、常陸前司, 日被向候き、三井孫三郎被立寄候間被下候、中野殿共十騎まて□候, 西谷殿御事は、中々申におよはす候、便宜候はゝ、現當共乍恐憑由申入, 蒙疵候、其外多軍兵等、或被, 討或負候ける後、朝敵等成悦、又城之内ゑ引籠〓〓、自件城上洛人語申候、, てと、丁寧に大晦早旦自城中懸出〓て、數尅合戰互盡忠功候ける中、今, 一南部殿可向飯守城之由、蒙勅□、雖上表候、及度々間、難叶して、去極〓廿七, ○小田, 時知, ○時, 知, 十日ノ戰, 小田時知, 負傷ス, 十二月三, 建武元年十二月三十日, 二一一

割注

  • ○小田
  • 時知
  • ○時

頭注

  • 十日ノ戰
  • 小田時知
  • 負傷ス
  • 十二月三

  • 建武元年十二月三十日

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  • 二一一

注記 (26)

  • 1292,640,58,275と、被急候
  • 1393,634,74,2212候氣〓と、覺えて候き、されとも、不思議存命候へは、早々罷下、企登山候はん
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