『大日本史料』 6編 7 康永元年正月~康永2年12月 p.109

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

竝ニ參看スベシ、, も此邊より八九丁の間にて、又四五町にして北海に流入とそ、, ほたれてすむあまとしらなんといふが、李花集, といふ、猶此邊に親王乃御名こりを申所これかれありとかや、かの射水河, いふ御うた、其所の口碑に傳へて、牧野乃北の口に少したかを地を雪見岡, 野といふわたりかけて、名呉乃浦なるへし、牧野は南朝乃將軍中務卿宗良, 漁家三千余ある、其東北の一町を名子町とよぶのみ、むかしは此邊より牧, 〔參考〕, に見え〓るにあへ, り、また「ふるけと乃人に見せはや立山乃ちと勢ふるてふ雪のあけほのと, 親王、三年かほとおはしませし所也なといふ、けにこゝにゐませしからに, 名子のうらは、今放生津といひて、名にも似す、, 越中宮と申シ、はた其御作歌にも今はまたとひくる人もなこのうらにし, エタリ、コノ後、信濃大河原ニ駐リ給フコト、興國五年是春ノ條ニ見ユ, 〔閑田耕筆〕一同し國, ○越, 御家集, なり、, 中, 名子浦, 南朝興國三年北朝康永元年是春, 一〇九

割注

  • ○越
  • 御家集
  • なり、

頭注

  • 名子浦

  • 南朝興國三年北朝康永元年是春

ノンブル

  • 一〇九

注記 (22)

  • 1776,787,58,500竝ニ參看スベシ、
  • 491,645,59,1862も此邊より八九丁の間にて、又四五町にして北海に流入とそ、
  • 961,645,57,1418ほたれてすむあまとしらなんといふが、李花集
  • 608,643,59,2211といふ、猶此邊に親王乃御名こりを申所これかれありとかや、かの射水河
  • 726,646,58,2209いふ御うた、其所の口碑に傳へて、牧野乃北の口に少したかを地を雪見岡
  • 1309,640,60,2215野といふわたりかけて、名呉乃浦なるへし、牧野は南朝乃將軍中務卿宗良
  • 1424,641,61,2214漁家三千余ある、其東北の一町を名子町とよぶのみ、むかしは此邊より牧
  • 1650,823,74,207〔參考〕
  • 960,2303,55,533に見え〓るにあへ
  • 843,645,62,2208り、また「ふるけと乃人に見せはや立山乃ちと勢ふるてふ雪のあけほのと
  • 1192,637,58,2226親王、三年かほとおはしませし所也なといふ、けにこゝにゐませしからに
  • 1544,1504,59,1366名子のうらは、今放生津といひて、名にも似す、
  • 1074,640,67,2209越中宮と申シ、はた其御作歌にも今はまたとひくる人もなこのうらにし
  • 1895,805,57,2054エタリ、コノ後、信濃大河原ニ駐リ給フコト、興國五年是春ノ條ニ見ユ
  • 1514,601,105,749〔閑田耕筆〕一同し國
  • 1572,1378,43,109○越
  • 989,2088,42,185御家集
  • 954,2089,30,124なり、
  • 1530,1376,41,49
  • 1548,278,42,130名子浦
  • 154,711,48,646南朝興國三年北朝康永元年是春
  • 158,2449,44,112一〇九

類似アイテム