『大日本史料』 12編 10 慶長十七年八月~同十八年二月 p.149

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えす、石山につきて、からうしそまちいてぬ、年へてあへるやうに、たかひに, の山もほとちかく、たゝ一所にたゆたに舟はつりするにやあらん、ゆきか, を拜み奉らんと、堂乃前に行に、堂はみなちかきとし、秀頼公乃御母堂乃、此, はんとかねそちきりしに、さきたつ人は、おくるゝを待わひて、舟にやのり, ぬ、日もたけゝれは、しるへとものいふは、これより石山へは、たゝ一すちの, 道なれは、まかふへきつたなし、まつまゐりたるひて、あれにて待給へかし, しろなる山乃とをつひより、海を見れは、せた乃長橋も目のまへに、みかみ, なるにむかしおほゆる月のみかほのひかりあひたると、いとたふとし、う, 世後のよの御ねかひのため、つくられたると見へて、あたらしくきよらか, せてやすらふうちに、湖水漫々風卷浪、石山嶮々徑凌巖といふ句をまうけ, たん、橋乃あたりには見えすといへは、さては跡よりやとて、しはしおろさ, うれしく、しか〳〵とかたりてのほるに、よそ手しまのこゝたくにたてる, といふを、けにもとおもひて行に、さりあへぬ人ともの中に、もとむれとも, ふは、やはしのわたし舟にやあらん、北へ行も有、南にさすもあり、ま〓に、む, を見く、さてはこれによりて、山の名はおひけらしとふな人しりぬ、まつ佛, 再建, ノ石山寺, 秀頼ノ母, 慶長十七年是秋, 一四九

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  • 再建
  • ノ石山寺
  • 秀頼ノ母

  • 慶長十七年是秋

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  • 一四九

注記 (20)

  • 1204,621,61,2226えす、石山につきて、からうしそまちいてぬ、年へてあへるやうに、たかひに
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