『大日本史料』 6編 7 康永元年正月~康永2年12月 p.703

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申は此師乃事なり, 歳にして滅をしめし給ふ, 打よろこひ、出家乃望をゆるさる、やかて身延山に乃ほり之、宗祖乃御弟子, 乃尼御前にむかひ〓、奬のあらましをに〓られたるに、尼公もかよりなく, となり、剃髮受戒し給へり、すなはち中老僧乃隨一、佐渡阿闍梨日滿上人と, を聽聞有しかは、ぬかく佛法乃大義をわよまへ、や〻宗門乃奧旨に達を〓, れけり、しかはあれと阿佛夫婦乃人ともに老衰乃日に乃ずみて、外に枕を, るか、漸く故阿佛房三年乃忌にいたり、しよりに剃髮〓望〓こりたれは、母, 永助吉久等ノ本領ヲ還付ス、因リテ、佐竹貞義ニ令シテ、其地ヲ交付セシ, あふよ、床をあたゝむる人もな第れき、むなしく心にこめて、年月を送れけ, 十六日、配高師冬、幕府ノ命ヲ奉ジ、鹿島利氏ノ軍功ヲ賞シテ、常陸鹿島郡, 祖師佐渡乃島にすみ給ひし時節に、塚原乃草庵にいたりて、くはしく法門, 遷化を聞しめし、かよりなく愁傷し給ひ、御消息を千日尼にたまひそ、生死, 無常團ことはりをしめし給ふ、藤九郎盛綱も、かねて世をいとふ志ありそ、, 郎もりつな、父乃遺骨を首にの第、身延に詣そ〓れしかは、宗祖も阿佛房乃, 康永二年八月十五日に、御年八十二, ○中略、前掲本化別, 頭佛祖統記ト同シ, ○下, 略、, 南朝興國四年北朝康永二年八月十六日, 七〇三

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  • ○中略、前掲本化別
  • 頭佛祖統記ト同シ
  • ○下
  • 略、

  • 南朝興國四年北朝康永二年八月十六日

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  • 七〇三

注記 (22)

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