『大日本史料』 6編 10 貞和2年8月~貞和3年11月 p.893

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國の住人なれは、はやく惟澄に就て御方に參りたる高知尾の一族なるへ, 木山紹它か書し天艸記の殘篇に、天草上津浦か實名は載せされとも、島の, れに御許容の御約束ありし故、無左右難被闕所とは仰下されしとみえた, し、此中に岩戸は、高知尾の内に彼天照皇大神の引籠給ひし所なりとて、今, 主水之助種□、上津浦の手の大將は、上津浦四郎種貞とみえて、いつれも實, 五人衆、志岐の後詰として軍勢をさし向たりし時、天艸か手の大將は、天草, しにはたかふへのらえ、天艸と上津浦とは、大矢野か一族なりしとみえて、, 子細之仁云々とあるをみれは、此闕所地所望以前に、御かたの人の中より, り、致軍忠の下不被間〓候の五字讀かたし、書寫の誤か〓文にてもありし, 軍功を募り、兼て子細を申て本砥の島を望み申たるものありて、はやくそ, さたかなるへし、されは件の三郎入道も、別の家にはあらて、一定彼の伊豆, 守か先祖にてありしなるへくおもふなり、しかるに指合の注文に、兼日申, 名に例の種の字をつきたるにて、天艸も上津浦も、大矢野か一族なりしも, なるへし、河内次郎三郎政頼、岩戸小太郎政隆、立宿孫六等はいつれも日向, 六之助武種といへり、武の字は菊池家排行の字なれは、大かた其支流なり, 河内次郎, 三郎政頼, 南朝正平二年北朝貞和三年九月二十日, 八九三

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  • 河内次郎
  • 三郎政頼

  • 南朝正平二年北朝貞和三年九月二十日

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  • 八九三

注記 (19)

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