『大日本史料』 6編 12 貞和4年10月~貞和5年10月 p.81

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へる屋敷殘れり、厚東城の西北に當り城山の跡あり、引池の城と云、城, のみ空を衝き、聚山皆屈伏す、西北の山々き仰拜なすに似たり, 厚狹郡沖ノ旦村廣瀬村末信村棚井村, 々として誠に宮殿とも云つへき事夥し之、有しよし、今も御東なと言, 長防風土記〕, 古厚東家繁榮の時と、霜降ケ嶺に要害を構へ、棚井村の中央に城郭巍, 當四ケ村の地勢、東より南にそひへて連山疊々として、其内に霜降ケ嶺, 往, 船木宰判, 嘉暦三年七月十九日書状, 〔參考〕, ○忌宮神社文書上(長門〕, 南朝正平三年北朝貞和四年十一月九日, 〓, 長門厚狹郡十九, 二百五十五, ○中, 略, 霜降ケ嶺, 引池城, 城, 〔花押彙纂〕ヨ之部厚東武實, 厚東武實, 南朝正平三年北朝貞和四年十一月九日, 八一

割注

  • 長門厚狹郡十九
  • 二百五十五
  • ○中

頭注

  • 霜降ケ嶺
  • 引池城

図版

  • 南朝正平三年北朝貞和四年十一月九日

キャプション

  • 〔花押彙纂〕ヨ之部厚東武實
  • 厚東武實

  • 八一

注記 (25)

  • 272,814,65,2057へる屋敷殘れり、厚東城の西北に當り城山の跡あり、引池の城と云、城
  • 595,800,65,1862のみ空を衝き、聚山皆屈伏す、西北の山々き仰拜なすに似たり
  • 814,648,64,1507厚狹郡沖ノ旦村廣瀬村末信村棚井村
  • 377,806,61,2068々として誠に宮殿とも云つへき事夥し之、有しよし、今も御東なと言
  • 915,619,97,399長防風土記〕
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