『大日本史料』 6編 12 貞和4年10月~貞和5年10月 p.887

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せ候は、ゆつりしやうにみへたり, 日の日より、ふけうするうへわ、なかくをやこのきあるへからす候あい, めに、をきふみのしやうくたんのことし、, 條ニ、又經貞ノ石見福屋等ノ地ヲ女子ニ讓リシコト、康永三年八月十, ていたさす、をやをおやともおもはさるあいた、ちやうわ五ねん八月七, かるをせんにちちやくしまこ太郎つねさたに、て〓きもんふをあい, きもんふ、たい〳〵のあんとの御くたしふみ、けちしやうらをとりこめ, 五日ノ條, た、二なん二郎三郎つねかぬをちやくしとして、にうりやうふんをとら, 年六月十一日ノ條ニ、又經兼石見納田郷内彌富小彌富莊久保等、及ビ, みきの所りやうちは、りやうかいちうたいさうてんのふりやうなり、し, へてゆつりわたすといへとも、こと〳〵くに、あまろめいをふむき、て〓, せ候ぬ、又ところ〳〵を、き〓かわさへもん三郎ひやうへにぬきてとら, ○是ヨリ先、良海、本條ノ地ヲ經貞ニ讓リシコト、建武元年二月十日ノ, ニ見エタリ、コノ後、良海置文ヲ作ルコト、正平六, よてのちのた, ちやうわ七ねん六月十一日あまりやうかい御判, 南朝正平四年北朝貞和五年八月十五日, 第六編之十, 二所收補遺, ○中略、全文ハ正平六年, 六月十一日ノ條ニ收タ, 南朝正平四年北朝貞和五年八月十五日, 八八七

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  • 第六編之十
  • 二所收補遺
  • ○中略、全文ハ正平六年
  • 六月十一日ノ條ニ收タ

  • 南朝正平四年北朝貞和五年八月十五日

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  • 八八七

注記 (24)

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