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寺の虎關禪師と兄弟なりと云云、, 聞えし, し故、北畠玄惠法師と云、山門の上綱に擧らる、承憲法印、澄憲法印、玄惠法印, 號す、人皇九十五代後醍醐天皇の御時、諸宗宗論のとき、第一番に出る人な, 山に三上綱ありし、玄惠其中なり、北畠に居住するゆゑに、北畠玄惠法印と, り、しかる時は、後醍醐帝の時の人なる事明なり、又或説云、玄惠法印は東福, 三日、, 是を山門の上三綱と稱して、同時の人なり、何れも碩學秀才の聞えありと, 上綱にあけらる、元弘四年正月廿一日依勅書之、一説に、叡山に武家の御ち, 云、世にいへる庭訓往來は、北畠玄惠法印の作也、叡山の住侶にして、, 〔庭訓往來諸抄大成扶翼〕貞丈云、古抄云、玄惠法印の作る所也、一時隨筆に、, こあり、玄惠常にむつましくかたらひしか、手本のためにまいらせしとも, 玄惠法印の事、古抄云、玄惠は藤原氏也、羽州の人也、北畠といふ所に居られ, そ、, 〔鶴岡社務記録〕坤三月三日、爲御達例御祈祗候于殿中、不動護摩始行、, 〓ヽ足利基氏、疾ニ依リ、鶴岡社僧ヲシテ、不動護摩ヲ其第ニ修セシム、, ○中, 中所著, 岡西惟, 略, 戊, 午, 住ス, 北畠ニ居, 南朝正平五年北朝觀應元年三月三日, 四七五
割注
- ○中
- 中所著
- 岡西惟
- 略
- 戊
- 午
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- 住ス
- 北畠ニ居
柱
- 南朝正平五年北朝觀應元年三月三日
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- 四七五
注記 (26)
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