『大日本史料』 6編 14 観応元年11月~観応2年4月 p.725

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此状表書、觀應二年二月十六日到來云々、, まりて候間、忠か上忠たるへきよし被仰候、悦入候、委細親頼迄注進候歟、, 右顯朝者、結城彈正少弼名乘之由見他書、, ひ候つる、隨而不及合戰候、無念至候、返々憑入候、但少々うちいてゝ候つる, 一當關所けいこの事により候て、中將公申シ進候、相構〳〵寄々御けいこ, 御當手達を見候て引返候間、大將方へ見候て、當手ゆへにうしろつめとゝ, 究候所ニ、う地しにつかまつり候ぬ、當手物共留守かうしろにめ手にむか, 奧州宮城郡引付并留守之先祖之事、依御所望大〓書, あるへきよし存候、毎事可追申候、恐々謹言、, 〔建武三年以來記〕三月十四日、奧州兩管領右京大夫貞家朝臣、與畠山上野, 顯朝(花押), 之由、京兆使飛脚到來、, 餘目氏舊記〕, 入道合戰之間、去月十二日、上野入道御方、以下部類百余人被討取、大略自害, 二月十二日顯朝(花押), 二月十二日, 進候畢, 白川七郎兵衞尉殿, 南朝正平六年北朝觀應二年二月十二日, (結城), ○陸, ○中, 中, 略, 〔結城朝胤〕, 御方, 都ニ報ズ, 結城顯朝, 貞家飛脚, ヲ以テ京, 朝胤ヲシ, テ關所ヲ, 警固セシ, 南朝正平六年北朝觀應二年二月十二日, 七二五

割注

  • ○陸
  • ○中
  • 〔結城朝胤〕
  • 御方

頭注

  • 都ニ報ズ
  • 結城顯朝
  • 貞家飛脚
  • ヲ以テ京
  • 朝胤ヲシ
  • テ關所ヲ
  • 警固セシ

  • 南朝正平六年北朝觀應二年二月十二日

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  • 七二五

注記 (35)

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