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鉢形の城より加勢として、高見原迄旗を出されたり、去程に、道灌入道打て, ス、定正制スレ〓承引セス、是ニヨリテ、同七月廿六日、相州糟屋館ニテ道灌, ヲ誅ス、顯定モ合力トシテ、高見原迄出馬ス、其後道灌カ城地川越城ハ、定正, 廿六日、扇谷殿定政相州糟谷へ被立御馬、道灌を退治し給ふ、山内殿顯定も、, 出たりしを、鑓にて〓倒し、首をとらんとしけれは、道灌其鑓の柄に取付て, 只忠のみ有て咎なかりつる道灌、一朝讒せられて、百年の命を失ふ、彼左納, 言右大史朝受恩夕賜死と、白居易か書しも理哉、道灌の馬〓齋藤加賀守安, かゝるときさこそ命の惜からめ兼てなき身と思ひしらすは, ノ嫡子朝良カ執事曾我兵庫頭ヲ守護トシ、江戸城ハ同豐後守ニ守ラス、道, 灌カ家來齋藤加賀守ハ軍法ノ故實アリトテ、定正カ近臣ニス、又道灌ヲ誅, シテ以後、顯定心ヲ飜シテ定正ヲ亡スヘキ企アリ、顯定ニ關東ノ諸士多ク, 元をは、分別才覺軍法故實有とて、定政へ被召出けり、扨河越へは、朝良の執, 事曾我兵庫頭を被籠、江戸城には、同豐後守をそ居住せられける, 〔鎌倉九代後記〕同十八年、扇谷定正家臣太田道灌、山内顯定ニ對シテ逆心, ○相州兵, 亂記、東亂, 傳記雜記等、異事ナキニ依リ略ス, 記、北條記、小田原記、結城戰場記、上毛, 城ニ曾我, 兵庫頭江, 定正河越, 戸城ニ同, 豐後守ヲ, 齋藤安元, 置ク, 文明十八年七月二十六日, 七六〇
割注
- ○相州兵
- 亂記、東亂
- 傳記雜記等、異事ナキニ依リ略ス
- 記、北條記、小田原記、結城戰場記、上毛
頭注
- 城ニ曾我
- 兵庫頭江
- 定正河越
- 戸城ニ同
- 豐後守ヲ
- 齋藤安元
- 置ク
柱
- 文明十八年七月二十六日
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- 七六〇
注記 (27)
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