『大日本史料』 8編 18 文明18年正月~同年8月 p.775

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

み給へは、道灌公大怒て、如何にも山内殿を亡さはやと骨髓に通して思, なり、楚こ范増か有しことしと、諸人ひと〳〵と思ひらる、顯定ケ樣に惡, は知謀武勇の御人成故に、扇谷殿の今日迄も滅亡せさるは、此謀に依之, 之蔭ゟ成出て威勢高く暉らる、左衞門尉か嫡子四郎右衞門尉景春と名, 傍輩にも無禮緩怠多し、左衞門尉父子聞付て遺恨に思ひ、其勢四千餘騎, 引卒して、山内か手に屬したり、定正方の輩は、顯定の扇谷を見放し、長尾, 容うるはしく、心根賢々れは、定正無根寵愛して、憐愍不淺、後に奢心付て、, 付候、後に入道して伊玄とそ云〓る、尾張守か嫡子修理亮と名付候、此者, 此事の起り太田道灌か所爲成と云なして、山内殿は太田を惡給ふ、道灌, 一扇谷殿家老長尾將監入道こ二子有之、兄は左衞門尉、弟は尾張守と、亡父, 父子招入給ふ事、有へま道とも覺えすとて、爪彈して恨め共甲斐もなし、, 天神宮を御造立、社領等御寄附、梅數百本御植、宮之側こ亭有、香月亭と云、, 此天神宮則只今之湯嶋天神也、道灌公常々天神御信仰被成候、川越御, 城中にも三吉野天神有之、, 相御自筆の天神像を道菅公へ進覽、扨は靈夢と思召し、御城之北之方へ, 文明十八年七月二十六日, 顯定道灌, ヲ〓ム, ヲ亡サン, 城北ニ天, トス, 道灌顯定, 神社ヲ建, 七七五

頭注

  • 顯定道灌
  • ヲ〓ム
  • ヲ亡サン
  • 城北ニ天
  • トス
  • 道灌顯定
  • 神社ヲ建

ノンブル

  • 七七五

注記 (24)

  • 274,700,68,2101み給へは、道灌公大怒て、如何にも山内殿を亡さはやと骨髓に通して思
  • 386,700,69,2105なり、楚こ范増か有しことしと、諸人ひと〳〵と思ひらる、顯定ケ樣に惡
  • 497,708,71,2096は知謀武勇の御人成故に、扇谷殿の今日迄も滅亡せさるは、此謀に依之
  • 1304,708,74,2101之蔭ゟ成出て威勢高く暉らる、左衞門尉か嫡子四郎右衞門尉景春と名
  • 963,700,75,2111傍輩にも無禮緩怠多し、左衞門尉父子聞付て遺恨に思ひ、其勢四千餘騎
  • 840,703,75,2108引卒して、山内か手に屬したり、定正方の輩は、顯定の扇谷を見放し、長尾
  • 1077,700,71,2125容うるはしく、心根賢々れは、定正無根寵愛して、憐愍不淺、後に奢心付て、
  • 1187,703,75,2106付候、後に入道して伊玄とそ云〓る、尾張守か嫡子修理亮と名付候、此者
  • 614,700,73,2109此事の起り太田道灌か所爲成と云なして、山内殿は太田を惡給ふ、道灌
  • 1416,648,73,2164一扇谷殿家老長尾將監入道こ二子有之、兄は左衞門尉、弟は尾張守と、亡父
  • 731,703,70,2122父子招入給ふ事、有へま道とも覺えすとて、爪彈して恨め共甲斐もなし、
  • 1759,709,76,2120天神宮を御造立、社領等御寄附、梅數百本御植、宮之側こ亭有、香月亭と云、
  • 1643,781,77,2036此天神宮則只今之湯嶋天神也、道灌公常々天神御信仰被成候、川越御
  • 1549,777,60,777城中にも三吉野天神有之、
  • 1875,708,76,2098相御自筆の天神像を道菅公へ進覽、扨は靈夢と思召し、御城之北之方へ
  • 184,705,44,460文明十八年七月二十六日
  • 663,278,43,166顯定道灌
  • 621,281,40,115ヲ〓ム
  • 301,277,36,156ヲ亡サン
  • 1948,285,41,165城北ニ天
  • 262,278,31,69トス
  • 339,274,44,168道灌顯定
  • 1903,284,43,170神社ヲ建
  • 175,2402,46,118七七五

類似アイテム